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──ニカド、町長邸宅前にて……。
「──と、言うことだ。無事、ニカドの全権は奪い取った」
バロックは状況の説明を終え、会話を打ち切った。
再度の圧勝に歓声が上がるが、ディードは依然として厳格な表情を保っている。
「まずは富の分配からだ。最初に、格小隊長が指名した者への褒賞を与える」
事前に連絡を聞いていたからか、彼は指定された兵の名を述べた。もちろん、隊員の名を暗記している為、一人ずつ名指しで呼び出す。
小隊で最も活躍した者には金貨が一枚渡される。その後、全員に金貨四枚と記された紙が配られた。
これは権利に近いものであり、実際の通貨はこの街に置いていくことになる。そうでなければ、行軍を進める毎に荷物が増えてしまう。とはいえ、褒賞については現金となっていた。
「皆よくやってくれた。この拠点を攻略したからには、兵站の移動はこれまで以上に楽になる。より全力で戦える、ということだ」
ディードに代わり、バロックが前に出た。
「ここからはニカド在留組と侵攻組に分かれる。在留組は雷の国内の村を攻略、侵攻組は水の国方面を開拓する」
皆が我先にと侵攻組を希望するが、ディードは静かに告げる。
「部隊の編成については本日中に報告する。在留組はバロックを指揮官とし、侵攻組はわたしが陣頭に立つ」
「おぉ……」
「ディード様自ら……」
隊員達はざわめくが、叱責などは行わず、そのまま話を続けた。
「闇の国の為、この戦争に勝利する為……そして、生き残る為──死力を尽くして戦え!」
鼓舞の後、町民を使って酒盛りの準備を進め、晩餐なども込みで宴会を行うこととした。
酒に酔う隊員達はディードに話しかけ、彼もそれに応えていた。
しばらくすると、酔いが巡りだして泥酔する者も現れてくるが、ディードとしては都合が良かった。
「報告は?」
「半数以上を置いていくのは危険だと思うんだが」
「いや、逆だ。水の国の索敵がこの国のようにザルであるとは限らない。ならば、少数で動くのが無難だ」
戦術的に言えばそうだが、兵の減少はつまり死の増加を意味する。
味方の兵に気を配っている彼がそれを無視しているはずもなく、参ったといったような顔で地酒を舐めた。
「最悪の状況だ。わたしとて、このような状況にはしたくなかった」
「なら、魔物を待ってでも……」
「あいつらがこちらを狙わないとも限らない。それに、あのような得体の知れぬモノを戦力には数えたくはない」
決意は揺るがず、ディードは地酒を飲み干した後、バロックに告げる。
「最低でも、この在留組だけは守りぬいてくれ」
「……ディード、まさか」
「何、死ぬ気などはない。こちらにあるのは、わたしが見ていられない部隊への心配だけだ」
不信などではなく、自分の力でどうにかできない事態があるということが気に入らないのだ。
もちろん、バロックもそうした性格を知っているだけに、疑いもしなかった。
ただ一人で歩きながらも、ディードの頭には一つのことしか存在していない。
水の国へと向かう自分達が、実は一番安全なのではないだろうか、と。
街を二つも落とされた時点で、気付きさえすれば雷の国は本隊を差し向けてくることだろう。間違いなく、その中に雷の巫女も含まれている、とも。
その点で言えば、水の国の巫女は強力とはいえず、軍や冒険者ギルドなどもフットワークは遅い。
釈然としない思いこそが、心配となって現れ、彼の口から出ることになったのだろう。




