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「あれ、パツキンのママ? みょーに──ゴテゴテだったけど」
明らかに染めている金髪だけならばともかく、それをロール状にし、顔の数倍にも見せているというのはなかなかに奇抜に感じたようだ。
挙句、コルセットで腹部を締め上げ、フリルを過剰気味に付け、スカートは膨らんだ薔薇のようにもみえる具合だ。
「うん」
「はぁ……こりゃ、あたしにもドギツい仕事だねぇ」
深呼吸をすると、アカリは扉を勢いよく叩き開け、ヒルトの手を引きながら悠々と突入する。
「おたくのダンナさんに頼まれて、娘さんの護衛を任されたアカリでぇーっす。フリーの仕事人なんで、そこらへんよろしくおなしゃーっす」
金は欲しくとも媚びへつらわない、それが彼女の特徴だった。王族相手にもあの態度な辺り、それは言うまでもないとは思うが。
ただ、アカリがアカリならばヒルトの母も並大抵の人物ではない。
途轍もなく破天荒な人物が現れ、侍女達が驚愕の表情を浮かべる中、ゆっくりとした動作のままに一瞥した。
「あら、あの人が……どうぞ、楽になさって」
「……へぇ、見所があるじゃないか」
奇妙な態度で相手に吹っかけるのが得意なアカリからすれば、このようなペース外の人物は苦手らしく、追加金の要求などという定番パターンへの移行を取りやめる。
「あら、ヒルトちゃんもいたのね。お姉さんに遊んでもらえるといいわね」
「うん」
母親の前だというのに、機嫌の良さは先ほどより少しはマシ、という程度。どうにも、父親の方を好んでいるようだ。
ライカとは別の意味で困った子供──見た目の年齢でも七才差はありそうだが──だと思った途端、懐かしい匂いに気付く。
「……この匂い、光の国の」
「あら、知っていますのね。これは光の国産の中でも、特に高級な茶葉で淹れた紅茶ですことよ」
本当かどうかが気になったらしく、アカリは自然な動作でもう一つのカップに茶を注ぎ、一口で飲み干した。
「へぇ、ライトロード産のファーストフラッシュ、それに淹れ方も上々だねぇ」
「あら、お分かりになって? そうですことよ、王宮にも出されるような一級品ですわ。一杯で金貨一枚はくだらない、と言われていますわ」
「なかなか高いもんだねぇ、あたしゃ恩人からもらっていたから、値段は知らなかったけど」
先代善大王を思い浮かべながら言うと、婦人は興味深そうに視線を向けてくる。
「このようなものを飲ませるお方が恩人! お話を聞かせてもらってもよろしくて?」
「いやーちょっと話しづらいかなぁーあたしの立場は色々面倒だからさぁ」
「分かります! そのお気持ち! では、私の身の上話でもお聞きになってくださいまし。はいはい、ご遠慮なさらず、そちらのお席にどうぞお座りになって」
ガンガン押され、アカリは流されるままに対面の席に座らされ、目の前のカップには紅茶が追加で注がれた。
「奥様は自分の話をするのがお好きなので、口を挟まないことをオススメします」
耳打ちをし終えると、侍女はすぐに所定に位置に戻る。
「(やれやれ、面倒な奥様に付き合わされちまったねぇ……ま、構わないけど)」
婦人の話はガーデニングに始まり、紅茶が飲めなくなり始めていること、その原因が旦那であるということにまで伸びた。
それだけならばまだしも、その旦那がこの家の人間ではない、という話に移行する。
「そうねぇ、あの人と会ったのは五年くらい前のことだったかしら……追われているからって匿って、今に至るって感じかしら」
「ずいぶんと簡単に結婚するもんだねぇ」
「それはもう、あの人が風属性の術を使えるものですから」
「……風属性?」
シナヴァリア繋がりで、風属性の使い手がかなりの稀少であることを聞いていただけに、アカリは疑問に覚えた。
なにより、旦那の髪の毛から判断するに、同見ても《風の一族》ではなく、その血統というようにもみえない。
「じゃあパツキ──娘さんも?」
「ええ、風属性が使えるみたいですわ」
こちらは染髪で判断ができないが、やはり《風の一族》に連なる存在とは思えなかった。
「奥様」
「あら、もうできまして? では、御賞味くださいまし」
指を鳴らすと、扉を開けてコックが到着した。手には二つのトレイが乗せられている。
机に置かれた後に銀の丸蓋を外すと、湯気の立ち昇る香草入りのポテトが入っていた。
「これは?」
「ローズマリーで香りつけをしたチーズポテトですわ」
粉チーズと黒胡椒で味付けをし、ローズマリーで香り付けを行う。貴族では普通に食されているものだが、どうにもアカリは初めてだったらしい。
「これは……そこで?」
外を指差し、暗に庭で採取したものか、ということを問う。
ガーデニングの話題でハーブが出され、そこからこの食事の内容が話され、用意されることになったのだから自然な流れだ。
「いえいえ、これも光の国から取り寄せた高級品でしてよ」
「(何の繋がりで出したんだっての……というより、これニオイがきっつう)」
鼻を摘みそうになるが、食事をもらっておいて文句をいうほど傲慢でもないらしく、渋々と口に運ぶ。
確かに味は悪くない、という評価が下されたが、香草の要素は不要だと思わずにはいられなかったようだ。




