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自席に座りこむと、善大王は残存兵力を記した資料に目を通しながら、追加を指示を送る。
「とりあえず、呼べる限りの貴族を寄こしてくれ。戦闘の具合を聞きたい」
「戦闘結果の統計、意見などは……こちらに纏めてあります」
「さすがはシナヴァリア、気が利くな」
自慢の宰相から書類束を受け取ると、邪魔にならない場所に置いた。
兵力についての記述はシビアなもので、人の命がクッキーかリンゴのように数えられてる。
光の国全体として、兵の戦死者は千。
城主達には魔物の情報を全て渡し、戦闘の対策を練っていたのが功を奏したらしく、犠牲者数はとても少ない。
魔物の直撃を受ける第一陣。それも精鋭のほとんどを欠いた状態での結果とすれば、上等とは言わざるをえないだろう。
「負傷者は?」速読しながら問う。
「全体で一万。ライトロード内では三千ですが、順次戦線復帰しています」
「魔物も首都を潰すことを重視したか。ただ……」
そこで紙束を置き、善大王は人差し指と親指の間を顎に当てた。
「この被害図……明らかに狙い打ちじゃないか?」
これまた事前にシナヴァリアが纏めたらしく、ケースト大陸の地図に被害率が表記されている。
それは魔物の群が通った道を示しており、瞬時にどういう目的を持っているかが明らかになった。
精鋭部隊を突破した魔物の一群は途中で二又に分かれ、ビフレストとライトロード方面へと向かっている。
それを証拠に、二つの拠点の範囲に入らない城、集落は無傷だ。
「ビフレスト方面の情報は」
「こちらよりは少ないものの、多少は被害が出ている模様。善大王様の言う通り、通り道ではない場所の被害はナシ」
こればかりは他国の情報なので、文書化はしていなかったらしい。一応の国家元首のみが扱える情報、という分類なのだろう。
「お前はどう考える」
「座りたい!」フィアは口を挟む。
「……座ってろ、そこのソファーに」
「ライトの膝の上に座りたいな」
明らかに鬱陶しい態度を見ながらも、彼は無言で椅子を引いた。すると、気兼ねせずに有限実行する。
「で、どう考える」
「順当に考えれば、高所から視認した……もしくは魔力の察知で首都をあぶり出した、というところでしょうか」
「闇の国がリークした線は」
「言語やコミュニケーション方法が不明な以上、なんとも」
口ではそう言っているが、シナヴァリアは自明であるという意を示しながら、自身の立場を考えて言葉を濁した。
「……まぁ、そこは後で明らかになるだろうな。それよりも、俺は別の方が気になったんだ」
「別、と言いますと」
「奴らの社会には、首都は存在するのか? そして、城はそれに当てはまらないのか?」
あのような巨体を目の当たりにしているだけに、集団で生活しているという考えには繋がらなかったらしい。
「奴らに序列があるのは分かった。しかし、あれほどの力を持つ存在だ……社会が生まれるとは思えない」
「あちらの世界の存在は、こちらの世界以上に強いのでは?」
強い種族が群れを作る、というのは十分にあることだ。ただ、魔物の実力を見る限り、この世界基準で考えるのであれば、その理屈の範疇を越える。
あまりに強すぎる、理不尽な強さともなれば、もはや他を必要としないのだ。
「だとしたら、この世界は終わりだ──そうはならないが」
「それならば、適当な歩哨を送る……ということですか」
「ああ。だが、奴らの様子から判断するに、最低戦力レベルでもこちらの世界でいう歩哨ではないだろうな」
善大王は鈍色の目や羽虫型の個体を指し、例に挙げる。
「生産型の魔物がいるのでは?」
「奴らは兵糧を用意していない。こちらで食える前提だとしても、全く用意しないのはナンセンスだ。元々なにも食べないか、生産者がいないか……どちらにしても、お前の言うような個体は存在しないだろうな」
通貨制度、物々交換などのやり取りがなければ、社会は生まれづらいのだ。もちろん、安全確保や縄張りの関係から生まれるかもしれないが、程度の低い集団だ。
「ですが、あの集団行動は……」
「そこなんだよ。どうにも、紅色の瞳の個体が知性を持っているらしい。だが、それ以外の知性は飼いならした犬程度のものだ。恐怖で慣らした野獣だ」
「競争社会……ですか」
「進化のリソースを奪い合っている、って考えたほうがいいだろうな。上位だけが異常に知性を発達させ、下位はただのバケモノ。上位個体が良い具合に下位個体を従わせている、って感じか」
「ねぇねぇ、結局どういうことなの?」
「……たぶん、奴らに国家はない。だが、上位個体は存在しない概念を──国家という仕組みを推理したんだ。その上、弱点となる場所まで読んできた」
だいぶ噛み砕いた内容とはいえ、フィアは頭を傾げている。
「闇の国から聞いたんじゃないの?」
「結論に至るまでに、その情報が使われたかもしれない。ただ、連中は指示待ちしかできない奴じゃないだろう」
「なんでそう思うの?」
煩わしいのか、それとも知っている者に任せるべきと判断したのか、シナヴァリアに合図を送った。
「こちらの見送りを瞬時に察し、その上で突破しました。あのような一見すれば謎にしか思えない行動を理解し、行動に移したということは……」
「柔軟な考えがあるってこと?」
「はい。さらに、自分で思考することも可能です」
「……うーん、あっ! 分かった! 自我が強いと反抗したくなるってやつだね」
おおよそ間違いではないのだが、見た目どおりの子供な返しである。
「そういうことだ。奴らは仕組みを理解し、その上で闇の国の情報を利用しているかもしれない」
「……それのなにが変なの? 普通じゃない?」
「はぁ……言葉だけで判断するなよ。俺はな、奴らが今後成長する可能性を危惧しているんだ」
ようやく理解したらしく、フィアは頷いた。
「こっちの戦法に対策を打ってくるかも、ってことだよね」
「まぁそうだ」
面倒なのか、善大王は早々に流す。
一番の問題、それは自我や高い知能を有しながら、何者かの指示に従っているというところ。
順当に考えるならば、全ての城砦を滅ぼすくらいはしてもおかしくはないのだ。
それをせず、各地に散開していくというのは、理に反している──恐怖心をミスティルフォードに席巻させる、という目的を除けば。




