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その勲章は銀盾の形状をしており、十字架のような赤い剣の紋様が刻まれていた。そして、火の国で盾を紋章に用いる一族は、一つしかない。
「カーディナル領の勲章ね……ということは──」
「俺はアリト様に仕えている。あのお方の騎士団、《盟友》の一員だ」
どうにも、ミネアはカーディナル領を統治している、現当主の名を言おうとしていたらしい。おそらく、トリーチもそれを聞かれ慣れたが故、今のような遮り方をしたのだろう。
「姉様の……ええ、分かったわ。詳しい情報は走りながら聞くわ」
「俺が運んでいく。砂漠で走れる馬を探すより、そっちの方が早いはずだ」
既に飛行を目の当たりにしていることもあり、彼女もそれには反対しなかった。ほんの少しは、飛行を体験してみたいという気持ち──当然、ガムラオルスには言えないが──があったのかもしれない。
彼はミネアを背中から抱き、そのまま浮き上がった。もちろん、欲情するはずもないので、厭らしさはない。
移動速度は言葉の通り、馬車よりも少しは速いという程度だった。
ただ、砂漠を走行できるような馬は数が少なく、その中でも足が速い個体ともなれば一国に十頭もいないだろう。
手配する時間も、旅支度──主に大量の水──をするのも考慮すれば、こちらが圧倒的な速度を持っていることになる。
「闇の国からはどれくらい?」
「二千か三千だ。おそらく、カーディナルを拠点にするつもりだろう」
「砂漠から数日もないはずだから、拠点にするにはうってつけね。主力都市を落とされたとなったら、火の国自体が傾きかねないし」
ずいぶんと少数だが、カーディナルも最低限の戦力を自国に残している。それ以外を首都の防衛に兵を送っているのだから、手薄もいいところだ。
この襲撃も、闇の国がそれを察知してのものだろう。
状況を理解した後、ミネアは不意に一つの不安が過ぎった。
「水は足りるかしら」
悪意がないにしろ、異性に抱かれるのもは嫌悪するはずだが、それが全くないのはトリーチが背嚢を背負っていたからだ。
「ここまでは飛ばしてきたから、十分に余裕がある」
「これが最速じゃないってことで、間違いはないのかしら」
「そうだ」
「……よし、じゃあ飛ばしなさい」
「その体では──」
「あなたの都合は分かっているつもりよ」
かつてと違い、筋肉が鍛えられているのは負荷に耐える為。既に件の跳躍が不可能になっている以上、鍛える意義は一つしかない。
つまりは、飛行するにも大きなダメージが存在するということ。どの程度の加速か、それは彼女の知るところではないが。
「……無傷で向かってもらわないと、こっちとしても困るんだよ。軍を間に合わせるまでの時間稼ぎ、それを盟友だけで回すのは無理だ」
「あたしは火の巫女よ。傷を負っても、すぐに治せる」
疑惑の目が向けられるが、仕方ないという様子でミネアは告げた。
「……はぁ、あたしはあの《魔轟風の支配者》の姉弟子よ。どれだけ異常かが分かるでしょ?」
分かりやすく伝える為、そしてガムラオルスの話がどの程度本当だったかを調べる為、ミネアは恥ずかしがりながら言う。
「そうか、ならば信じてみよう」
「えっ!? ……あ、うん」
「彼は──いや、《魔轟風の支配者》は俺に飛行の一歩目をくれた男だ。不可能を打ち砕くだけの力を持つ男……あの男の姉弟子なら、常識など通じないかもしれない」
《魔轟風の使い手》という、今に至るまで使い続けてきた呼称ではない以上、ホラ吹きのガムラオルスを信じざるを得なかった。
「気合を入れてくれ。この衝撃は、生半可なものじゃない」
「ええ、何度も見ているわ」
弟弟子の墜落する姿を何回も見ている為か、飛行の苦難については誰よりも──もちろん当人らは除くが──理解できている。
瞬間、鋼鉄製の破城槌が直撃したかのような、途轍もない衝撃と激痛が襲いかかった。
景色を目で終える速度から逸脱し、一度捉えた物が一瞬で遥か彼方へと去って行く。
正真正銘の最高速度。行きにすら使わなかった程の加速をしているからか、トリーチは内出血を起こしている始末だ。
ミネアは痛覚がセーブされたのか、意識が残っている。逆に言えば、全身の骨や筋肉がズタズタにされていく痛みを味わうことになった。
「(こっ……れ、背中に念動力で……衝撃を叩きこんだ、のね。でも、こんな……明らかに、馬鹿じゃない……のッ!)」
攻撃技を転用した、自爆に近い超加速。
もはや狂気としか言えないが、そんな状況にもかかわらず、トリーチは無理を通すことに楽しみを覚えていた。




