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──火の国、フレイア防衛戦、最前線。
ミネアは立ち尽くし、前方から迫る蜘蛛型と蚰蜒型の魔物、おぞましい数の羽虫を見つめる。
「はぁ……これも仕事ね」
自分の命が尽きるまでに、どれだけの魔物を狩りきれるのか──彼女の頭にはそれしかなかった。
だからこそ、前哨戦でしかない戦いで、この数を相手取ることに憂鬱さを感じている。全てを狩りきれない、という可能性を見た上で。
ミネアの存在に気付き、羽虫らが尖兵として急加速するが、既に反撃体勢は出来上がっていた。
「《火ノ二百二十九番・獄炎招来》」
赤い《魔導式》が輝き、地を摺るように地割れが発生した。
土竜が掘り進んだ跡のようなそれは、地の奥に赫々とした光炎を潜ませながら、敵群へと迫っていく。
最前列に到達した途端、凄まじい爆発と同時に、間欠泉の如く赤色の柱が無数に天へと昇った。
赤色の正体、それは超高温の溶岩。火ノ六一番・溶火のような前例はあるが、こちらは温度が桁違いになっている。
直撃していないにもかかわらず、周囲の砂は溶解していき、溶岩柱に触れた羽虫は蒸発した。
直撃した藍眼の魔物については、体を穿たれて溶け出し、全身は燃え盛っている。
辺りを飛行していた羽虫達は発火し、その場には巨大な火柱が存在しているかのようにも見えた。
抵抗とばかりに二体の魔物が攻撃を行おうとするも、ミネアは既に《魔導式》を展開し終えている。
「《火ノ五十五番・爆火》」
彼女の付近に現れた小さな炎は瞬間的に巨大化し、魔物に向かって投擲された。
着弾と同時に激しい爆発が発生し、既に瀕死状態だった虫型の二体は同時に消滅する。
「ふぅ、あの技を使うまでもないわね」
たった一人で魔物の大群を葬り去り、それでもミネアは余裕を含めたような様子で帰路につこうとした。
その時、低空から迫ってくる点が彼女の視界に映る。
「(生き残り? それとも……ま、同じ話ね)」
《魔導式》を展開しようとするが、すぐに違うことに気付いた。
その存在の放つ魔力は明らかに魔物とは違っている。そして、近付く毎に人型シルエットが明瞭になっていった。
「ガムラオルス?」
一度はそう思うが、すぐにそうではないと確信する。
彼は山に戻っており、それも追い出されるような形だったことも相成って、この短期間で戻ってくるはずがなかった。
なにより、人影からは緑色の光が放たれていない。魔力の情報を調べるもなく、それだけで判断ができた。
だとすれば、一体誰なのだろうか。この世界に飛翔できる人間がいるのだろうか。彼女の疑問が解消されたのは、その者が接近してきた時だった。
「(あれは……まさか、ガムラオルスが言っていた……確か、トリーチとかいう)」
半ば嘘のように聞き流していたとはいえ、若干それらしさのある部分──それ以外は、全て彼の創作だった──の情報だけに、ミネアは名前までしっかりと覚えている。
ゆっくりと降下してきたのは、赤茶色の短髪と、密度の高い筋肉が特徴的な青年だった。
彼がトリーチで間違いない、ということはミネアも頭では納得していた。
しかし、この細く引き締まった筋肉という、目に付きやすい要素がどうにも彼女には引っ掛かるらしい。
「(細いけど、あの腕……かなり鍛えているみたいね。でも、あいつこんな筋肉質な奴って言ってたかしら)」
ミネアの疑問は当然であり、トリーチの肉体は明らかに鍛えられている。おそらく、《天駆の四装》を使わなくなったことも影響しているのだろう。
「火の巫女で問題はないか?」
「……そうよ」
敬語を使わず話しかけてきたことで、彼女は不機嫌になっていた。
貴族のように高慢ではないにしても、見知らぬ相手から乱暴な口調で話されて、気持ちのいい者がいるはずもない。
「闇の国の兵がこちらに向かっている。ただちに迎撃を行ってほしい」
「あんた、名前は?」
「トリーチだ」
「ま、知らないこともないけど……赤の他人の頼みを聞くと思う? それも、この一大事に」
幸い、ミネアは彼の存在を知ってはいたが、だからといって無条件に従うような真似はしなかった。はっきり言えば、彼女は首都防衛を第一に考えている。
「これで信用してもらえるか?」
釣り人のようなベストとジーンズなどと、ずいぶんラフな格好をしていたトリーチなのだが、ポケットから取り出したそれは──紛れもない、本物の勲章だった。




