6g
「ふむ……ワシも衰えたな」
戦いながらも、ヴェルギンはそう呟く。彼としては、冒険者なども含めた軍勢では、確実に役割分担ができないと分かりきっていた。
それは各人にその技術を叩きこむ時間がなく、さらに火の国側の兵だけに教えるとなれば、不満も生まれるからだ。
なにより、ヴェルギンは少数教育は得意だが、このような大勢の人間の運用には不向きな性格だったのだ。
「あなたのおかげですよ、ヴェルギン様」
背後の羽虫の存在を気付き、振り返った彼の視界には、先程の盾持ち片手剣士の姿が映る。
男にしては少しばかり長い赤髪、自信に満ちた若々しい顔、平均と比べると長身に分類される背丈。
合金製のチェストアーマー、そして小振りなカイトシールドと業物の鋼製長剣を装備している。その全てに赤い紋章──盾の中に剣というもの──が刻まれていた。
「オヌシはカーディナルの……」
「お初にお目にかかります。お知りのことと思いますが、アリトです」
アリト、その者は火の国の貴族──に、近い立場の人間だ。首都フレイアに次ぐ、大都市の《カーディナル》を統治する一族と言うと地位の高さが分かることだろう。
もっと分かりやすく言えば、ミネアの姉であるコアルの婚約相手だ。だからこそ、ヴェルギンの機嫌も悪い。
「若造、勝手にワシの指揮を崩してもらっては困るのぉ」
「申し訳ありません。ですが、この場ではそれが最適だと判断しました」
あの状況での適切な行動、私兵を用いた瞬間的な指示拡散、そして悪く言われながらも刃向かわない利口な態度。
コアルの言う通り、良い人という印象が付きまとう男だ。
途端、ヴェルギンはアリトの背後に迫った羽虫を察知し、紫色の炎を灯した腕で殴りつける。
直撃と同時に鋭い電撃が走り、しぶといはずの羽虫は頭部に風穴を開けられ、一撃で消滅した。
それと同時にアリトも突きを放ち、ヴェルギンに不意打ちを仕掛けてきた羽虫にダメージを与える。
こちらは一撃ではない為か、気付いたヴェルギンが雷属性の導力が付加された蹴りを放ち、相手の体を弾け飛ばした。
「やるのぉ……若造」
「ヴェルギン様こそ」
戦いの中で認め合い、二人は互いに信頼した。だからこそ、今のような攻防が成立する。
戦況は変化し始めた。歩哨のような羽虫は減り、獅子型の魔物も撃破されている。
残るは、鈍色の瞳をした魔物一体だけ……。
刹那、激しい爆音と同時に、常の砂漠で感じるものとは違う──攻撃性を持った熱風が襲いかかった。
音の方を見ると、巨大な炎が立ち昇り、その炎柱から小さな火が無数に落ちていく。
降下する火の粉の全てが羽虫、火の根元には藍色の瞳をした魔物が二体もいるという始末だ。
「荒れておるのぉ……ガムラオルスを帰したのは間違いじゃったか」
「お弟子さんですか?」
「そうじゃ。あやつがいなくなって、寂しいのかもしれんのぉ」
ミネアがガムラオルスに見せる態度を、恋慕と感じる者は少なくない。
「巫女様も、そのような年頃なのですね」
「いずれ義妹になりかねない相手に、ずいぶんと他人行儀じゃな」
「立場は弁えております」
「……つまらぬ男じゃな」
婚姻を認めるかのような態度を匂わせてみるも、アリトは事務的なものとは違う、丁寧な対応で返していた。ヴェルギンはそれが面白くないらしい。




