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──雷の国、ラグーン南方面。
城壁の傍という場所で、その戦いは繰り広げられていた。
闇の国の予期せぬ襲撃。魔物という脅威に追加し、宣戦布告を行うような狂人達が到来したのだ。無論、兵達のうろたえ方は尋常ではない。
しかし……。
「いつまで手間取っている! さっさと殺せ!」
闇の国側の指揮官は論理性のない、ただの根性論のような激を飛ばすが、それでどうなるものではない。
なにせ、彼らはたった二人の人間に食い止められているのだから。
「はぁ、あとどんくらいでカタがつくんだい?」
「一万」
「よく目視できたもんだねぇ」
「魔力での判断、目視ではない」
冗談のように放った皮肉に対し、真面目な返答がなされ、アカリはばつの悪そうな顔をする。
状況だけで言えば、現状は圧倒的な不利。二人が戦いを成立させられているのは時間稼ぎに特化しているからであり、その証明に相手の兵は減る気配がない。
ただ、それですら百数十という規模で葬っているのだから、この者達の異常性は際立っていた。
「そこでみてんなら、少しは手伝ってくんないかねぇ。別にうちらだけでもどうにかなりそうだけど、その方が手間が省けるし……そう思うだろう? カオナシ兄さん」
「私はカオナシという名ではない」
「はいはい、とりあえず雑兵共もさっさと戦ってくだせぇ。こんなワンマンの無理を任されたんじゃ、あの報酬ですらしょっぱく見えてしょうがないねぇ」
一見するに無責任な要求──自国の兵が戦うのは当然であるが──にも聞こえるが、彼女とて序盤から参加しろとは言っていない。
それは、この兵士達に対人戦の技術を学ばせる為。学べなかったとして、相手の行動パターンを覚えさせることはできる。
仮にも宰相にまで上り詰めた男の弟子だけはあり、戦闘の技巧に限らず、用兵方法にも多少の造詣を深めているようだ。
渋々前に出た警備兵達なのだが、そうなると二人の戦闘方法も変わってくる。
結果だけみると、兵は一方的に敵を撃破していった。事実、敵軍からしてもそう見えている。
ただ、これは心理的な優位を狙ったアカリの策略。ついでにいえば、それに無言、即席で合わせているフランクの察しの良さもあるか。
二人は飽くまでもトドメへの固執を消し、味方の兵が効率的に撃破できるような支援に回った。
実力が高いものが引っ張った方が有効にも感じるが、それは少数戦の話。一万人の相手をするのであれば、味方を最大限に活用しなければならない。
「あの短時間で我が軍の兵を押し返した? ……二層までの兵は殿として、この場を死守せよ!」
その命令が発令され、闇の国は撤退を開始した。雷の国として、彼らを攻撃する道理はない。むしろ、彼らが引き下がるほうが望ましい展開だった。
しかし、電光が迸る。
「《雷ノ八十四番・荒雷》」
圧縮されず、不規則なまま二又三叉と分かれていく電撃は殿兵を黒炭に変え、逃亡中の敵兵すらも卒倒させた。
そこは数の有利か、敵さんの大半は既に逃げ終え、残っているのは鈍足な者と麻痺している者くらいのもの。
「くそ……なんだよ、あれ……!」逃亡兵は呟く。
「逃げろ! あのままじゃ俺達も──」
「なんで、なんで助けにいけないんだよ! クソッ!」
命令系統は優れているらしく、闘争心や復讐心に捕らわれた者でさえ、撤退を続行しようとしていた。
しかし、それをライカが許すはずもない。
「《雷ノ四十番・電網》」
五本の線が放射線状に並んだ紋章が平行なまま地面を走り、目的の地点に到達した瞬間、紫色の電流が網のように広がった。
まさに追撃というように、電撃の網は逃亡兵を狙い打ち、彼らの足に接触すると同時に効果を発動する。
「あ……あしが」
「動かない! 逃げられないッ!」
蜘蛛の巣に引っ掛かった虫のように、藍色の装束を纏った兵士達は動きを封じられた。
ただ、彼らはまだ本当の恐怖を知らない。
限界範囲と悟ったのか、ライカは開かれた手をぎゅっと握った。
途端、凄まじい高電圧が流され、阿鼻叫喚が周囲にこだまする。そうして、今度は原型を保ったままの死体が無数に転がることになった。
「ヒューさすがお姫様」
「……帰るし」
「この場を凌ぎきったんだから、礼の一つくらいないもんかね? ま、あたしゃ金さえもらえれば満足だけど」
ライカは何も答えず、その場を去る。
だが、アカリは不満を抱くこともなく、独り言のように大きな声で言った。
「ありゃービリビリ姫様も病んでるねぇ。人殺しに慣れてない様子だよ、あれは。そうだと思うだろう、カオナシの兄さん?」
「……任せるのは忍びない、幼齢の姫様には」
フランクの言葉には誰もが共感したらしく、そっけない態度への不平不満が発生するようなことはなかった。
金が目当てと言いながらも、昔の自分を思い出す節があったのだろう。
「(……殺すことよりも、殺していくことで自分の命さえ希薄になるのが怖い、というのが本音かもしれないがね)」
経過こそ違えど、自分の命が希薄に──命の限りを知って──なるという点についてはアカリの読み通りだった。




