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──雷の国、ラグーン北東部にて……。
「敵を接近させるな! 姫様の《魔導式》の完成まで凌ぎきれ!」
中衛から指示を送りながら、バルザックはライカの横で彼女のガードを請け負っていた。
術者である上、姫のライカが中衛というのは異常にも見える。ただ、相手が魔物であるのだから、通常の戦術など役に立たなかった。
「行く」ライカは呟く。
「全軍撤退! 下がれええええええええええ!」
隊長の叫びを聞き、警備兵は防御をかなぐり捨てて逃亡し始める。
進行の邪魔をしていた兵の消失により、鈍色の瞳をした二体の魔物が進撃を開始し、羽虫は追撃とばかりに逃亡兵の背を狙った。
「《雷ノ八十八番・落雷》」
トカゲ型の魔物に、魔槌の如き紫色の落雷が叩き付けれ、周囲にスパークが散らばる。
地面を走る電撃は跳ね、隊員に攻撃しようとしていた羽虫を次々と焼き払った。
その光景、その場面、まさに超絶にして絶景。
灰色の空より伸びる、雷撃の柱。通常の雷とも比較できない、極太の線が分岐、蛇行しながら地面に落とされたのだ。
仄暗い世界が舞台にでもなったかのように、光彩の舞踏が眩く照らす。
……ただ、それが綺麗と言えるのは傍観者の視線であり、当事者達からすれば恐怖でしかなかった。
辺りに舞うスパークは敵味方を判別せず、容赦なく範囲内の対象に等しく猛威を振るう。
中には背に直撃し、弾き飛ばされるもの、直撃して重体に陥る者までいる始末だ。
それでも、ただ一度の術で状況は一変した。
羽虫の大半が死に絶え、残る個体の半数以上が瀕死、今だ無傷なのは一割にも満たない。
直撃を受けたトカゲ型は当然として、その真横に居たヘビ型の魔物まで消滅していた。
味方の犠牲を考えても、ライカの影響力は凄まじい。
「残りは我々が対処いたします。姫様は南方の援護に」
「……あっそ、じゃあ任せるし」
興味がないように、彼女は戦場に背を向けた。
主力部隊は北東からの魔物に対処していたが、同時に南方では闇の国からの襲撃が行われている。
対人戦を請け負っているのは防衛に特化した兵であり、悪く言えば一線級の兵とはいえない者達。
普通に考えれば時間稼ぎの捨て駒だが……。
「(フランク、お前の力をオレは信じているぞ)」バルザックは独白する。
警備軍の最高戦力にして、彼の部下。瞬時の判断能力も含め、フランクにあの場を任せるというのは最適解と言えた。
そう、あの場──国外の人間である、アカリがいる戦場ではなおのこと。




