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──オーダ城付近……。
「ティア! こんなところまでこなくても……」
「だって」
「前にティアをさらった奴の場所よ! 守るならあの村だけで──」
「それじゃ駄目っ! 誰も見捨てたりしない、だって見捨てたら……誰かが悲しい思いをするから」
過去のことをすっぱり忘れたわけではなく、それであっても彼女は人を──かつての敵を助けようとしていた。
そうして話している間に、闇の国の部隊を視認する。
「(いた! ……数は四、五百人かしら。あの事件で守りが薄いことは、知れ渡っているってことね)」
エルズは瞬間的に考察を行うが、そんなことを考えるティアでもなく、勝手に先行した。
「ティア!」
「エルズ、支援お願い!」
「……もう、分かったよ」
対人戦であればなおのこと、エルズの能力は猛威を振るう。
ティアの接近を確認した途端、後方の術者達が《魔導式》を展開していった。
そうした後続の攻撃には目もくれず、宙を舞うように蹴りを叩きこみ、武装集団相手に徒手空拳で圧倒していった。
いざ術が発動された時にも、彼女は攻撃を中断しない。誰もが愚かに感じたことだろう……しかし、その行動は崇高なものだった。
放たれていく藍色の光芒は、全てが敵の兵を──味方を狙い打ちにする。
相対する部隊が困惑、驚愕する中、無謀にも見えた少女はエルズにサムズアップをしてみせた。
そう、彼女は初めから理解していた。自分の相棒は、案ずることもなく仕事を成してくれると。
そしてエルズもまた、自分がそれだけの信頼を勝ち得ていると自覚していた。
状況が好転し始めたと油断した途端、遥か後方に増援の影が確認される。数は──。
「(千……いや、魔力からすればもっといる)」
オーダ城はただの城に過ぎないが、攻略の容易さと大陸中心部の拠点という意味から、闇の国としては非情に旨味のある場所だろう。
「ティア、ここは撤収しよう」
「でも!」
「理想論じゃない! このままじゃ、エルズ達が殺されちゃう」
いくら《選ばれし三柱》とはいえ、数千人単位の相手と戦うことはできない。
エルズのような特殊な能力者ですら、死の危険を負わなければならないのだ。
……逆に言えば、勝利できないわけではないのだ。彼女の言いたいことは、ここで命を賭けるべきか、というところだろう。
「それでもやるの! カルマ騎士隊は困っている人を助けるの! 絶対に助けるの!」
そこ抜けの、合理性の欠片もない言葉を発する少女に呆れながらも、エルズは表情一つ変えずに言った。
「駄目だと判断したら逃げるよ。たぶん、戦いの音で城の人も逃げ出していることだし」
「エルズぅ……やっぱエルズは、最高の相棒だよっ!」
無謀にしか見えない戦いだが、それは無意味ではなかった。
中盤に差し掛かり、ティアが一人で凌ぎきるというのが不可能になり出した時、彼女らの後方から数百人の兵が現れる。
闇の国か、それとも水の国の増援か、エルズが速やかに考察する間にも兵達は迫ってきた。
「我らも助太刀──いや、役目を果たす」
その者達は、オーダ城の兵士だった。今まで姿を現さなかったが、この土壇場で参戦を決意したらしい。
悪党の善行という場面効果がなければ都合のいい連中としか思えないが、ティアの性質──絶対に誰も見捨てない──を知っているエルズからすれば渡りに船だった。
足止めの陣形が形成された時点で、エルズは敵軍を視界に収めながら後方に向かおうとする。
「都合がいいと思っていることだろう? だが、私は命が惜しかっただけだ」
「……エルズ達も好きでやってるのよ。だから、恨み言はナシよ」
「こちらは、君に恨みを持っているのだがね」
振り返ると、そこにはティアに打ち抜かれたはずのブランドーが立っていた。老齢であるからか、未だ完治とはいえないが、それでも歴戦の大貴族と謳われた気迫は衰えていない。
「当然の報いよ。エルズは許していないから……ティアはどうか知らないけど、今回もカルマ騎士隊としての倫理綱領に従っただけ」
「ならば、私も君達を利用するとしよう」
皮肉などではなく、ブランドーは反省はしていなかった。それでも、この場を──領地を守るという目的に関しては、互いの利害は一致している。




