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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
380/1603

6r

 百人程度で魔物の一団と戦うのは無謀でしかない。ただ、いくつか幸いなことがあった。

 それは、相手の数がまだ処理できる範疇だったこと。具体的には、護衛の羽虫が五十体前後、そこに鈍色の瞳をした亀型──甲羅以外は、竜のようだ──と灰虎型の魔物。


 先陣を切るとばかりに、羽虫の群れを薙ぎ倒しながらも灰虎型の魔物をティアが一人で請け負った。

 自ら最も危険に見える相手を選び、凄まじい戦意高揚効果をもたらす。もちろん、彼女がそのような戦術を理解しているはずもないのだが。

 残ったエルズは瞬時に状況を判断し、通信を行っていた軍人の記憶を完全にコピーし、全員に指示を行った。


「武器の射程が同じ者で徒党を組んで! できれば三人から四人! あの弱そうな羽虫を一匹ずつ倒すのよ!」


 羽虫が最弱──飽くまでも魔物の中では──であり、連携が得意であることも読み取った上で、一体の羽虫を数人で倒すという方針が決まる。

 もちろん、ティアとは違って彼女はカリスマを示したわけでもなく、名声があるわけではなかった。むしろ、悪名が轟いている程だ。


「おい……」

「いや、だが……俺達なりの方法でならば」


 戦意こそはあれど、彼女の指示には従いたくはないとばかりに、自己流の戦闘を始めようとする。

 全てがうまく行くわけではないのだ。それこそが人間の特性といっても過言ではない。

 もちろん、エルズはそれを理解している。だからこそ、あえて邪魂面(うらわざ)に頼ろうとはしなかった。


「言うことを聞きなさい、エルズは《幻惑の魔女》よ。あなた達を強制的に操ることだってできる」


 オーダ城大量虐殺を手引きした、という噂がまことしやかに囁かれているだけはあり、冷酷な口調で発せられた彼女の言葉には真実味がある。


「ち、畜生! 俺達は《放浪の渡り鳥》の為に戦うだけだ!」

「そうだ! 彼女に邪魔が入らないように露払いをするぞ!」


 口ではそう言いながらも、全員が指示の通りに即席パーティを組み、各個撃破を実行し始めた。


「(はぁ……これが、エルズの役目だよね)」


 冒険者ギルドに与えられた二つ名。ティアの闇を全て吸収できると、都合の良さだけをみているエルズですら、この呼び名や扱いには悩みを抱いている。

 どこに居ても自分は理解されない、そして苦悩や不信、憎悪や嫌悪……負の感情を受け止め続けなければならない。ティアがより輝けるように。

 だが、いくら心が傷つこうとも、彼女には目的がある。彼女には、自分を必要としてくれる存在がいた。


「(いつか、エルズもティアみたいに──でも、今は)」


 気分一つでどうなるものでもなく、次第に戦力は削られていく。

 大剣使いが集まった三人のパーティーでは、一人が攻撃を空振りし、残り二人も攻撃後の硬直から復帰したばかりだった。

 空振りの大剣使いが武器を持ち上げようとした時、羽虫は不気味な笑みを浮かべた。

 墨色をした艶やかな頭部、そこには人間の──生物として必要な器官が何一つない。それにもかかわらず、その変化が理解できた。

 瞬間、溶けたチーズを引き裂いたように、歯牙の並んだ口腔部が姿を現す。


「おいッ、避けろ!」

「あ? ……ッッ!」


 大剣士は回避が間に合わず、迫り来る顎門(アギト)を──その奥の硬口蓋を、軟口蓋を、そして咽頭部を凝視した。


「や、やめてくれ……助けてくれ……俺は死にたくなあああああアァ──」


 死へと向かう過程を確認しながら、首から上を食い散らされた。

 血飛沫が舞い、一人は冷静に目を覆い、もう一人は狂気に陥る。そうなれば……どういう運命を悟るかは明白だろう。


「くそっ……バケモノがッ! 今すぐぶっ殺して──」


 自ら視界を狭めた冒険者は胴体を食われ、真っ二つになった。そしてすぐに、最後の一人も無抵抗のまま食い殺される。


「あぁああああああッ!」


 徒党の壊滅ともなると、脇目で見ている者達にすら何が起きたかが分かってしまうのだ。

 死へ恐怖は伝播し、死が連鎖していく。


「死にたくねぇ! 死にたくねぇよぉおおおおお! はぁッ!? やめてくれえええええええ」


 泣き叫びながら乱雑に長剣を振るっていた者は武器を弾き飛ばされ、そのまま絶叫を上げながら咀嚼された。

 悲鳴や呻き、嗚咽にまみれた戦場。これこそが、戦争だった。

 共に戦う仲間が一人、また一人と失われる度、戦士達の士気は急落していく。こうなると、もう誰にも止められない。

 しかし、こうなることを読んでいたのか、エルズは平然とした様子で危険域まで歩を進めていった。彼女の顔には、既に《邪魂面》が装着されている。


「非情の怪物よ、私に刃向かう者を根こそぎ滅ぼしなさい!」


 意図的に大きく発せられた声は、狂気の戦闘に身を置く者達の耳にも届いた。

 瞬間、押し寄せようとしていた羽虫の十数匹が反転し、同士打ちを始める。


「なんだ、あれは……」

「魔物を操っている? 噂は、本当だったのか?」


 人の命を無意味に終わらせる存在──魔物を、こうも容易に洗脳してみせる。それは相対的に、エルズへの畏れを最上位に押し上げるに至った。

 恐怖に支配されると同時に、冒険者達は二つの感情に全てを奪われる。

 ティアという絶対正義に続くという、純粋な正義感。

 エルズという恐怖から逃れる為、戦い続けるという強迫観念。

 どちらでも死が待っているのであれば、誰もが高潔な終わりを望む。つまりは……ティアの為に命を賭して戦うという、殉教行為だ。

 動物としての衝動ではなく、人間としての理性に従い、戦士達は狂気の戦いを始める。


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