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クレムソンという酒場に入った俺とヴェルギンは、入り口近くの席に座りこんだ。
冒険者ギルドは酒場を根城にしている。ここも例外ではなく、カウンターに置かれたボードに依頼用紙が数枚張られていた。
こればかりは当然か、張られている数は少ない。最も盛んな水の国――そのギルド本部ともなれば数千枚規模の依頼用紙が用意されている。
そんな風に差が出るのにも理由がある。とても簡単な理由だ。
第一に、小規模な酒場は数が少ない。第二に、火の国は冒険者の出入りが多く、大抵がすぐに処理される。
そしてなにより、火の国で雑用を任せるような奴は少ない。他国で冒険者と言えば、何でも屋の雑用係だ。冒険者の歴史において、創設当初ですらそんな具合なのだから、仕方がない。
火の国はその中でも例外的で、番兵が言ったように冒険者や武具職人は優遇されている。
冒険者といえば砂漠を越えてくる優秀な戦士であり、武具職人はそうした者達を支える誇り高き者なのだ。
「ここのマスターとは昔馴染みでのぉ、ガキの頃から見てきたんじゃよ」
「へぇ……あんた、見た目以上に年なんだな」
「人生は色々、ということじゃな。それで、お主はあれから、どうしたのかのぉ」
適当に注文を済ませ、俺の前には水割りの酒が置かれる。ヴェルギンの前には竜殺しという、強烈な酒がストレートで用意された。
間を持たせるように一杯啜った後、一気に飲み干した。酒には強いので、酔いは全く回ってこない。
俺が再度注文すると、すぐにもう一杯が用意された。
俺が話す過去は思ったよりも短かった。
竜との戦いの後に旅をしたこと、そして光の国に辿りついたこと、聖堂騎士になったこと。それを語り終えるまでに時間は掛からなかった。
「爺の戯言を信用したわけじゃな」
「存外悪くはなかったぞ。たまには人の言うことに耳を傾けるものだな」
「しかし、冒険者を引退するとはもったいないのぉ。お主程の実力者ならば代表者くらいにはなれたろうに」
「俺はビッグな男だ。その程度じゃ収まりがつかないのさ」
懐かしき人との再会は悪いものではない。こんな風に雑談することもたまにはいい。
長らく雑談をし、話題を逸らした後、俺は口を開いた。
「竜を倒したあんたに、頼みがある」
「竜を倒したのはお主もじゃろ。謙遜するでない」
「……あの戦い、俺は飽くまでも生き延びただけだ。九割が屍となり、生き残れただけで英雄視されるのは俺としても気持ちのいいものではなかった」
今でも蘇る。あの時、挑んだ冒険者達が次々と死亡していき、俺は最後まで術で応戦し続けた。
結局、俺が死ぬ前にヴェルギンが竜を倒し、俺は生き延びた。
俺の汚点であり、俺よりも遥かに強い実力者がいると知らしめられた――視野が広がった戦いだった。
「あんたは、魔物と戦ったことがあるか?」
「何故聞く」真面目な声色で返してくる。
「俺は魔物と戦った、最近だ。結果は――言うまでもないだろ」
ヴェルギンは頷くと、竜殺しを啜る。
「それで、なんじゃ? ワシに何を聞きたい」
「俺に魔物の倒し方を教えてくれ。竜に勝てるあんたなら、分かるだろ?」
真剣に見つめ合ったが、ヴェルギンが先に噴き出した。
「馬鹿を言うでない。魔物など、何十年も見ておらんわ……それに、魔物の倒し方が知りたいならば、《紅蓮の切断者》にでも聞けばいいじゃろう」
《紅蓮の切断者》、その名は冒険者時代に聞いている。
なんでも、魔物を撃破したという記録が公式に残されているとか。胡散臭い話ではあるが、根も葉もない噂ということでもないだろう。
「面識がない上、実力も良く知らない。あんたの方が信用できる」
「なるほどのぉ、考えてやらんことはないが……はっきり言っておく、魔物は天災と同じじゃ。人間が相対することができる存在ではない」
天災、か。そんなことは分かりきっている。
最強部族の《風の一族》が壊滅状態に陥り、冒険者最強クラスの俺が殺されかけた。あそこまで一方的な強さを持っている存在など、天災としか思えない。
「無理は承知で頼んでいる。俺としても、戦えるだけの実力を身につけておきたいんだ」
「実力で言えば、お主は既に完成されておるよ。それこそ、後は微調整をする程度じゃ、伸びはせんよ」
それも自覚していた。俺は技術を極めすぎ、既に成長の頭打ちという地点にまで辿りついてしまった。
「それでも、頼む」
「……お主とは昔の仲じゃ。友とまで言うのはおこがましいかもしれんが、馬鹿な蛮行で命を散らしては欲しくない」
「だがっ!」
「身を守る技術程度は教えてやろう。それだけじゃ」
手を付けずに放置され、表面に結露が発生したコップを掴み、水割りを胃に流しこんだ。
「ああ、頼むよ」