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──水の国、フォルティス南門……。
魔物接近の報を受けてから何週間か経過し、一応は万全の布陣という状況で、冒険者達は城門傍に待機していた。
「あと少しだね」
「……ええ、でもエルズ達が戦う必要があるの?」
冒険者ギルド側としては魔物の集団が迫る東方面、こちらに正規軍の戦力が集中すると読んでいたらしい。
結論からいえば、城門傍にも軍人が数人配置されており、南方面──城壁からは目視できない距離──には、一個旅団が配置されている。
「シアンがどうにかしたのかな?」
「……たぶん。だとすると、何かあるかもね」
悪い予感は的中したかのように、突如として闇の国の軍が出現する。
数が少ないとはいえ、数十人が登場するなどという事態は想定外でしかなかった。
「倒していいのかな」
「大丈夫。相手は闇の国よ」
一度は迷いながらも、武器を構えて接近してきたことに気付いた時点で、冒険者は一斉に戦闘を開始する。
「しょうがないね」
「いくよ、ティア」
数百人の冒険者に続くように、カルマ騎士隊の二人は駆けた。
一度は圧倒された冒険者群だが、ティアとエルズというインチキじみた二人が繰り出すコンビネーションで状況がひっくり返り、死者ゼロという良成績でその場を収める。
戦闘に参加していた数名の軍人は連絡を取り合い、東部戦線が作戦に成功したことを確認しあっていた。
「ねぇ、エルズ。あれって……」
「魔物が飛んでいるね。となると──見逃したかな」
魔物の大多数は水の国の上空を通過し、残る二、三割が首都を少し離れた地点に投下される。
開幕早々の総攻撃を嫌ったのか、城下町の内部に落とすようなことはしなかった。
とはいえ、知っての通りフォルティス付近の戦力は少ない。白兵戦での敗北を恐れているわけではないことは分かるだろう。
つまりは、東部戦線での攻撃が肝となっていた。結論を要約するに、魔物の一団は着地と同時に術者達の一斉砲撃を受け、壊滅的被害を受けている。
一度あることは二度もある、という警戒からの行動なのだが、この場では完全な空振りとなっていた──そう錯覚させることこそ、東部戦線の作戦立案者、シアンの狙いだったのだが。
「おい、あれって……」
「魔物だよな? あれと、戦うのかよ」
「おい、正規軍の! お前らじゃねえのか! あいつらと戦うのはよぉ!」
冒険者は大半がゴロツキなので、眼前に広がるような事態になれば当然こうなる。
上級ランクの冒険者すら、驚きを隠せてはいなかった。その中で平然としているのは、ティアとエルズくらいのもの。
「エルズは怖くない?」
「……うん、どっちかというとアイツの方がね」
彼女の脳裏に存在していたのは、闇の国で戦った吸血鬼の姿。魔物は未知でこそあるが、知らない相手との戦いは既に慣れている。
「ティアは?」
「私は前に戦っているからね。それに、一応は風の星だし」
「一応って……ははっ、でもティアらしい」
冷気のような圧迫感が満ち始めたその場に、風が流れた。
「私が先行するよ! みんなも後からついてきて」
単機で魔物へ向かっていく少女──エルズは少し遅れて続く──を見て、冒険者達は自身を奮い立たせる。
空気、雰囲気、流れ、そうしたものをただ駆けるだけで打ち消した。それどころか、むしろ鼓舞までやってのける。
《放浪の渡り鳥》は、既に伝説の冒険者の一人となっていた。




