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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
370/1603

2t

 ──ラグーン城にて……。


「姫、ライカ姫。出てきてください」


 鏡面の特殊ヘルムを被った警備兵は、ライカを呼び出すべく、幾度もノックをしていた。


「気分じゃないし」

「ですが……」

「さっさと帰れ! ばーか! アタシはアンタみたいに気楽じゃねーし!」


 かなり荒れた──激情に捕らわれたような声で言われ、兵は困ったように手を止める。

 とはいえ、自衛軍の結成式典の予行──夜に本番が控えている──なので、このまま放置ということもできなかった。

 なかなかに困った役割を渡された兵士とは対照的に、部屋の中に籠もっているライカは自失状態に陥っていた。

 花瓶が割れて床は濡れ、カーテンは中途半端に破られ、本や装飾は地面に投げられている。

 子供ができる程度とはいえ、これらは彼女の心情を表していた。

 最初こそはいつ訪れるとも知れない死に恐怖し、今では泣き疲れた子供のように、ただ無気力にベッドに倒れている。

 心理の移行から考えるに、頃合いをみて立ち直り初めてもおかしくはないが、彼女の場合はショックが強すぎた。

 死の刻限は告げられず、ただ理不尽に決められ、残る時間はあと僅か……年老いた者ならばまだしも、子供でこの現実に耐えるのは容易ではない。

 眠りという安息に落ちようとした時、ライカの脳裏に騒々しい警鐘が響いた。

 憂鬱そうに許可を降ろすと、意識が強制的に連結される。


『ライカ?』フィアの声だった。

「……なに」

『いきなりだけど──いや、単刀直入に言うわ。魔物がそっちの大陸に向かった……迎撃体勢に入っておいて』


 一方的に事実が伝えられ、ライカは憤る。


「なんで平気みたいな態度できんの? 死ぬのが怖くないつぅの?」

『……今はそれどころじゃないから』

「あっ、そっか。フィアは死ぬのをわかってたからそんな態度が取れるってわけね。何年も掛けて覚悟決めてたわけね」


 もはや怒りというよりも、嫉妬や軽蔑の感情の方が優先されていた。


『ライカ、私は……』

「もーいい。どーでもいいし。どうせアタシも死ぬんだし、なにやっても変わらないじゃん。ほんとアホらし」


 自暴自棄に陥っているライカを見て、フィアは叱責するような声を発する。


「そんなことしたら、昔の私と同じよ」


 彼女はついに自分の過去を認め、その上でライカに自戒を求めた。

 これに関してはライカにも多少の効果があったらしく、息遣いなどの声にならない反応からも判断ができた。


「……んなこと言っても」

『それに、私と違って、ライカには希望があるよ』

「《星の秘術》とやら? ……それがどうしたっての」

『私は今まで、どうやっても死の運命から逃れる方法はないと思っていたの。事実、今までの星は誰一人生き残っていない』

「嘘という可能性は?」

『……わからない。でも、天の星の能力に介入できたからには──それができる可能性は高いかもしれないかな』


 少しを生きる希望を見つけたライカだが、ふいに一つの問題点に気付く。


「フィアはどうすんのよ。アンタがいたら、アタシに勝ち目なくね?」

『それはさっきライカが言った通りなの。私はもう死ぬ覚悟もできていた……だから、他の子が生きることを望むなら、それを邪魔する気はないかな』


 とても嘘のような発言だが、全くの嘘ということでもなかった。

 本当ならば、フィアはあの時(・・・)に死んでいたのだ。

 彼に助けてもらったからこそ、今まで生きてきた。しかし、そうして生きていく内に、彼女は理解する。

 他者──正確には面識のある人物──を思いやるという心を。


「そんで、魔物をどうするって?」

『空を飛んで移動してくるから、守りぬいて。他の国の子にも連絡する予定だから』

「よっしゃ、雷の国は任せるし!」


 前向きな反応が嬉しかったのか、はにかんだような声を溢すと、フィアは連絡を切った。

 そうして、ライカはベッドから起き上がり、壁に背をつける。


「まだいんの?」

「……はい」

「なら、今から行くし……アンタはさっさと戻ってけって」

「はい!」


 目を覚まさせるように両頬を叩き、扉を開けようとした瞬間、彼女は足を止めた。


「……の前に、これどうにかしねーとカッコがつかないし」


 地面に散らばった鏡の欠片をみて、自分のボサボサの髪──いつもの静電気で毛が跳ねているのとは違う──に気付き、彼女は身だしなみを整えることにした。


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