2t
──ラグーン城にて……。
「姫、ライカ姫。出てきてください」
鏡面の特殊ヘルムを被った警備兵は、ライカを呼び出すべく、幾度もノックをしていた。
「気分じゃないし」
「ですが……」
「さっさと帰れ! ばーか! アタシはアンタみたいに気楽じゃねーし!」
かなり荒れた──激情に捕らわれたような声で言われ、兵は困ったように手を止める。
とはいえ、自衛軍の結成式典の予行──夜に本番が控えている──なので、このまま放置ということもできなかった。
なかなかに困った役割を渡された兵士とは対照的に、部屋の中に籠もっているライカは自失状態に陥っていた。
花瓶が割れて床は濡れ、カーテンは中途半端に破られ、本や装飾は地面に投げられている。
子供ができる程度とはいえ、これらは彼女の心情を表していた。
最初こそはいつ訪れるとも知れない死に恐怖し、今では泣き疲れた子供のように、ただ無気力にベッドに倒れている。
心理の移行から考えるに、頃合いをみて立ち直り初めてもおかしくはないが、彼女の場合はショックが強すぎた。
死の刻限は告げられず、ただ理不尽に決められ、残る時間はあと僅か……年老いた者ならばまだしも、子供でこの現実に耐えるのは容易ではない。
眠りという安息に落ちようとした時、ライカの脳裏に騒々しい警鐘が響いた。
憂鬱そうに許可を降ろすと、意識が強制的に連結される。
『ライカ?』フィアの声だった。
「……なに」
『いきなりだけど──いや、単刀直入に言うわ。魔物がそっちの大陸に向かった……迎撃体勢に入っておいて』
一方的に事実が伝えられ、ライカは憤る。
「なんで平気みたいな態度できんの? 死ぬのが怖くないつぅの?」
『……今はそれどころじゃないから』
「あっ、そっか。フィアは死ぬのをわかってたからそんな態度が取れるってわけね。何年も掛けて覚悟決めてたわけね」
もはや怒りというよりも、嫉妬や軽蔑の感情の方が優先されていた。
『ライカ、私は……』
「もーいい。どーでもいいし。どうせアタシも死ぬんだし、なにやっても変わらないじゃん。ほんとアホらし」
自暴自棄に陥っているライカを見て、フィアは叱責するような声を発する。
「そんなことしたら、昔の私と同じよ」
彼女はついに自分の過去を認め、その上でライカに自戒を求めた。
これに関してはライカにも多少の効果があったらしく、息遣いなどの声にならない反応からも判断ができた。
「……んなこと言っても」
『それに、私と違って、ライカには希望があるよ』
「《星の秘術》とやら? ……それがどうしたっての」
『私は今まで、どうやっても死の運命から逃れる方法はないと思っていたの。事実、今までの星は誰一人生き残っていない』
「嘘という可能性は?」
『……わからない。でも、天の星の能力に介入できたからには──それができる可能性は高いかもしれないかな』
少しを生きる希望を見つけたライカだが、ふいに一つの問題点に気付く。
「フィアはどうすんのよ。アンタがいたら、アタシに勝ち目なくね?」
『それはさっきライカが言った通りなの。私はもう死ぬ覚悟もできていた……だから、他の子が生きることを望むなら、それを邪魔する気はないかな』
とても嘘のような発言だが、全くの嘘ということでもなかった。
本当ならば、フィアはあの時に死んでいたのだ。
彼に助けてもらったからこそ、今まで生きてきた。しかし、そうして生きていく内に、彼女は理解する。
他者──正確には面識のある人物──を思いやるという心を。
「そんで、魔物をどうするって?」
『空を飛んで移動してくるから、守りぬいて。他の国の子にも連絡する予定だから』
「よっしゃ、雷の国は任せるし!」
前向きな反応が嬉しかったのか、はにかんだような声を溢すと、フィアは連絡を切った。
そうして、ライカはベッドから起き上がり、壁に背をつける。
「まだいんの?」
「……はい」
「なら、今から行くし……アンタはさっさと戻ってけって」
「はい!」
目を覚まさせるように両頬を叩き、扉を開けようとした瞬間、彼女は足を止めた。
「……の前に、これどうにかしねーとカッコがつかないし」
地面に散らばった鏡の欠片をみて、自分のボサボサの髪──いつもの静電気で毛が跳ねているのとは違う──に気付き、彼女は身だしなみを整えることにした。




