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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
369/1603

2

「ライト! ライト! 起きて!」


 必死に呼びかけるが、善大王は視界の中で激しく明滅する白い光に当てられ、意識が混濁していた。

 幾度も呼びかける恋人の声が届いたのか、善大王は唖然としたような顔をし、声の袂を辿る。


「……ふぃ、あ?」


 か細い声で言い、善大王は起きあがった。

 途端、先程の気持ち悪さが突然なくなったかのように、ほぼ万全の状態に戻った。


「大丈夫だ、フィア」

「ライト……?」

「とりあえず、急場は凌いだな。あとはあの飛行部隊を──」


 抱擁を受け、善大王は言葉を遮られる。


「もう、やめて」

「……俺は善大王だ」

「ライトは、なんでそんなに無理をするの?」

「世界の人々を救う為だ。善大王なら当然のことだ──俺が動いた方が、効率的というのもあるが」


 涙を浮かべ、真剣な表情で見つめられながらも、善大王は歩みだそうとした。


「いまからみんなに連絡を送るから……ここは逃そうよ」

「フィア、悪いがそれには従えない」

 顔を見て話さず、そのまま進みつつ命令を送る。「全軍撤退。後は俺がカタをつける」


 命令を受け、分割された部隊が指示を拡散、まさに一瞬という速度で撤退が開始される。


「これ以上、誰一人だって殺させるものか」

「ごめん」


 フィアのその言葉を最後に、善大王は意識を失った。

 倒れた善大王に替わるように、フィアはシナヴァリアに通信術式を繋ぐ。


「ライトが倒れたから、戦闘続行はできないと思うの。だから……」

「善大王様の意見はお聞きになられましたか?」

「……うん。誰一人殺させないって。だから、魔物を通そうって」


 小さな嘘だった。そして、本当でもあった。

 善大王ならば、間違いなく戦闘を続行していただろう。もしも自分が倒れたとしても、準備が整っている自軍の方が被害を減らせる、と。

 少なくとも、通過させるという手は確実に選ばない。それは、シナヴァリアも理解していた。


「フィア様、私は光の国の宰相です」

「……分かっちゃった?」

「はい」


 心理透視が可能なフィアならば、シナヴァリアが感づいていることくらいはすぐに分かる。

 とはいえ、気付かれないように言うのは、彼女のコミュニケーション能力では不可能だった。


「悪知恵ですね……善大王様が聞いたら、きっと悲しみますよ」

「え? ……あっ、うん」


 自分が嘘──真実を混ぜた、高度な嘘──を使ったことを指していると気付き、反省したような声で肯定する。

 皮肉なことに、彼女は善大王の合理的な思考に多少は影響されていたのだ。


「攻撃を続行する個体は各個撃破、無視して進むのであればこちらも手を出さない……というのはどうでしょうか」

「シナヴァリアさんっ!」


 甘やかしのような言葉でもあるが、善大王が戦闘不能ならば、間違いなく対応しきれないと悟っているのだろう。

 理を重んじた上での、人間的な感情論。良くも悪くも、シナヴァリアは変わらない。

 そうして、代理の総司令を引き継いだシナヴァリアが全部隊に命令し、撤退しながらも防御陣形を組んだ。

 統計と解析の(たまもの)か、魔物が知性を持っているのは確定している。だからこそ、シナヴァリアはこの手を取った。

 彼の狙い通りか、魔物の何体かは攻撃を仕掛けようとするも、上位個体らしき存在に指示されるままに戦列へと戻っていく。

 彼らの目的地はこの場所ではない。もっと多くの人間に被害を与える為、各地に散らばることを目的としているはず。

 ならば、防御体勢の面倒な部隊は放置し、そのまま進むのが得策だ。

 《魔導式》も展開せず、武器すら構えていないという、完全な無気力試合のような状態。

 前哨部隊が全滅している以上、油断を突いてやろうと攻めた結果の敗北、という可能性も推測できる。

 さらに、自己保身という見方をすれば、他の大陸がどうなってもいいという意思表明にもなるのだ。

 このどれが命中するかはともかく、シナヴァリアは出せる限りのロジックで陣形を組み、結果として素通りを実行させるに至った。

 多くの兵が空を見上げ、(おびただ)しい数の魔物が通過して行く様を瞳に写しながら、呆然と立ち尽くしていた。

 そうして、尾を引くこともなく全ての魔物が通過した後、悔しがる様子一つ見せずにシナヴァリアは指示を送る。


「全軍、光の国へと帰還する」


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