6
爆炎の中から響く二人の言葉を聞き、主力部隊の士気は急激に増加した……したのだが、実際二人は焦っている。
「(ねぇライト、すごい痛いし、熱いんだけど)」
「(我慢しろ。天属性で威力を軽減し、光属性で治癒を間に合わせている……なんてことがばれたら、士気が下がるだろうが)」
善大王の一手は、それだけで大きな変化を及ぼすものだった。
魔物のヘイトを自身に集中させ、味方の士気向上を図る。指揮官としては一番大事な、個ではなく集団としての益をみた手。
三ツ首翼龍さえ、火炎放射の効果が現れていることは理解している。だからこそ、無駄ではないと攻撃を続行しているのだ。
二人の導力は次第に貫通していき、熱力によるダメージは加速度的に上昇していく。
「(もう無理! 死ぬ! 死ぬ死ぬ! 息も苦しいし、すごく熱いから死んじゃう!)」
「(星の方がこういう我慢は得意だと思ってたんだがな。いや、皮肉じゃなくな)」
「(怪物みたいな言われ方だけど、星だって痛いものは痛いの!)」
火炎の中は見えないこともあり、フィアは表情豊かに苦しみを告げていた。
「(死なない程度の熱さや無呼吸には慣れているから、俺は大丈夫だけどな──ま、フィアのことだって考えてやるさ……そろそろ行くぞ)」
完璧超人の彼らしく、善大王は無呼吸で半刻は我慢できる人間である。もちろん、フィアもやろうとすればできるが、今はそうした状態に切り替わっていないのだ。
合図に合わせ、フィアは地面に展開していた《魔導式》を起動させる。
「《天ノ百二十四番・水蒸爆破》」
周囲に洪水規模の水が放出されたかと思うと、その全てが瞬間的に沸騰し、大爆発を起こした。
その衝撃で炎は吹き消され、空中にいた紅瞳の魔物は衝撃波で空へと弾き飛ばされる。それだけに留まらず、追撃するように天へと昇っていく超高温の水蒸気が体を灼いた。
「一斉射!」
二人が時間稼ぎをしている間、全員が《魔導式》の展開を行っており、善大王の一声で無数の光文字が煌めく。
数百発の術──フィアや善大王も、下級術で支援している──が上空の魔物を狙い撃ち、最後に残った片翼を引きちぎった。
魔物の翼は概念的な飛翔の象徴だったらしく、両翼を打ち落とした時点で地面に落下した。
「近接部隊は正面から突撃、術者隊は火力支援を続行、俺の合図で発動しろ!」
彼は近接部隊全員を引き連れて突撃し、翼を奪われながらも陸上戦に切り替えた紅眼の魔物と相対する。
しかし、対峙したのはその一瞬だけ。
善大王は共に走るフィアを抱き抱えると、足並みを揃える為の速度から逸脱し、背面へと回っていく。
これに対し、魔物は判断を迷い、攻撃の手が僅かに遅れた。
知性の存在が証明された時点で、魔物の思考は善大王の射程に入る。
善大王の理解不能の行動で、人間側の隊列が崩れるだろう……魔物がそう考えていると、彼は読んだ。
だが、近接部隊は一切迷わず、当初の命令通りに正面へと全速力で走る。
左翼、右翼ほどではないが、中級序盤の強化術──光ノ三十番・後光──を使っているらしく、機動力は相当に高かった。
第一の接触が開始され、剣技や槍の刺突が打ち込まれていく。それ自体はダメージに繋がらないが、魔物の注意を引くには十分だった。
人間の一方的な攻撃をよしとはせず、一本の首を振り下ろし、部隊を圧殺しようとするが……。
「おせぇよ。《光ノ百三十九番・光子弾》」
後方からの声に続く形で、凄まじい魔力の上昇を察知する。しかし、もう手遅れだった。
超圧縮された光属性の導力が光の線となり、三ツ首龍の首に直撃する。
傷は浅くとも攻撃は中断させられ、その間に前衛部隊は急いで後退した。
途端、術者隊は一斉に術を発動し、怒濤のような光の雨を降らす。善大王の光ノ百三十九番・光子弾が、誰にでも伝わる命令の意味を持っていたのだ。




