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それまでどこか余裕を含ませていた善大王の表情から、純粋な憤り、後悔の感情が現れた。
「くそっ! 間に合わなかったか」
後悔をしても、善大王は防ぐ手段がなかったことは理解している。
闇の国に乗り込んだとしても、証拠が手に入る保証はなかった。危惧して夢幻王と戦おうにも、勝てるかどうかも不明──そして、勝てたとしても、善大王の乱心として、結局戦争になってしまう。
全てが確定していたとはいえ、実際に戦争が起こったからには、論理や理屈で納得できるはずもない。
「ライト」
「なんだ」
「……後悔している暇も、怒っている暇もないよ。魔界の道が開いたなら、一番最初に襲われるのは光の国のはずだから」
それは皮肉にも、当然のことだった。
このケースト大陸は、古くから封印を行う目的で動いている。始祖は天の国、そして専属の王となったのが光の国──善大王だ。
魔界からの侵攻の矢面に立つ、それこそが善大王の定めであり、使命。
「天の国はいいのか?」
「あの国なら、私がいなくても大丈夫だと思う。それに、ライトがいいって言ってくれるなら、最前線で防衛した方が守れると思う」
「善大王だけど怖いから逃げました……なんて、笑い事にもならないだろ」
最前線とは、ケースト大陸の最東端。そこでの戦いが最善ではあるとは言えないが、少なくとも拡散していく前に叩ける位置ではある。
あえて何割かを逃がし、ガルドボルグ大陸方面に回すことで強制的に他国の力を借りる、という手もあったが。
ただ、善大王としてはその手は論外である。
彼の警告を間に受けている国がどれだけあるかは不明であり、安易に送りつけた結果、準備もできずに全滅──などということになれば、それこそ取り返しがつかなくなる。
夢幻王の宣戦布告で警告が真実となり、各国は否が応にも対応を強いられるだろう。そうして軍備が整いさえすれば、無抵抗での死にはならない。
「他国から助けを呼ぶ?」
「いや、呼ばない。……まだ呼ばない」
「なんで?」
「十中八九、どこの国も応じないだろう。誰だって、こんな状況で他国の世話をみたいとは思わないだろ?」
人間の本質、保身のことを善大王は言う。
これを仮にも各国を巡り、それなりに親交を深めていた彼が言うのだから、フィアはわけが分からなくなった。
「私がみんなに言えば、きっと──」
「それじゃ、《皇》としての強制命令と同じだ。来ることは来るが、不満は募る……信頼できる兵とはいえない」
「でも……」
「大丈夫だ。助けを呼ぶには、まだ早いと言っただろ?」
余裕がないとはいえ、善大王は笑みを見せる。
「戦争はおそらく、長期化する。これは勘でしかないが、俺の経験に基づいた勘だ」
「……でも、ならやっぱり」
「序盤なら、すぐに解決すると考えるかもしれない。そうなれば、終わるまでに如何に被害を減らすか、そこを考えるだろう」
善大王はベッドに腰掛け、続けた。「だが、中盤から終盤ならどうだ?」
「切羽詰まったらってこと?」
「そうだ。終わらないとみれば、利益を捨ててでも問題の解決に向かうはずだ。少なくとも、今は誰もが損得で考えている──戦争を早期解決した方が得だなんて、どうせ分かっちゃいないさ」
彼らしくもない、人を見下す言い方に奇妙さを感じ、フィアは甘えるにも甘えられなくなる。
「でも……なら、どうしよう」
「フィアの言うとおり、しばらくは光の国側で食い止める。ある時点で何割かを逃がし、向こうの大陸人にも戦闘経験を積ませる」
「ライト、そんなのって」
「それがもっとも効率的だ」
現実主義者の考えとは、得てして非人道的にも見えることだろう。
少なくとも、偽善者や通常倫理観を持っている人間からすれば、悪人としか思えない存在である。
「言っても分からない馬鹿を納得させるには、そうするしかないんだ」
異様な発言を受けて、フィアは内心で警戒しようとした。しかし、善大王の苦虫を噛んだような顔を見て、フィアは安堵する。
「(ライトは変わってない……ただ、情勢が変わっただけなんだ)」




