東の魔
──光の国、資料室内。
「ライト、あんまり無理しないで」
「まだ奴らの計画がつかめていない。せめてそれが分かるまでは」
情報と呼べるものを全て確認し、善大王は組織の動きを探っていた。
しかし、結果は芳しいとはいえず、有力な情報が何一つとして増えていない。
そうした資料の洗い出しを行い続け、既に一ヶ月が経っていた。ここ三日は眠ることもなく、常に資料室に籠もって確認をしている始末。
フィアは幾度も眠るように言ったが、彼は耳を貸さなかった。
「……これは」
「どうしたの?」
無視してもおかしくない状況でありながらも、善大王はフィアに自分が見つけた紙を渡す。
「……ティアの渡航? 闇の国、って書いてるけど」
「何か関係しているかと思ってな……いや、ただの思い過ごしかもしれないが」
「ちょっと待って。その時なら……ディ……ラ……」
「なんだ? もっとはっきり言ってくれ」
フィアが困惑したような表情を浮かべると、すぐに心配そうな顔になり、善大王の体を揺らした。
途端、視界が歪み、彼の視界には天井が映り込む。
一瞬、全てが完全な闇に閉ざされたが、すぐに声が聞こえてきた。
「……いと……らいと! ……ライト!」
だるそうに首を振ると、善大王は目を開けた。
「(転倒するなんて……疲れているな)」
起きあがろうとした時、彼は気づく。毛布がかけられていることに。
「……フィア、あれから何日経った」
「二日だけど……よかった」
効率主義者の善大王がここまでの失態を起こすなど、そうそう起きることではない。
しかし、実際にそうなっているのだから、あり得ないなどとは言えないのだ。
本質的にいえば、この行動は彼の性質に反するものではない。戦争が発生し、自分の予測の範囲を逸脱した世界になる──それを防ぐというのが、善大王にとっての最前手だった。
「戦争は?」
「まだ起きてないけど……」
「そうか」
「それでね。話覚えている?」
「ああ、続けてくれ」
二日前の話をしてほしい、と彼が思っているのはフィアも理解している。だからこそ、起きたばかりだというのに、説明をし始めた。
他人からすれば気の利かない上、空気の読めない行動だが、善大王からすればとても助かる行動である。
「ティアが闇の国に行ったのは、たぶんディードって人の為だと思うの」
「……ディード? 誰なんだ、そいつは」
「私もよく分からないけど……ライムの知り合いみたい」
ライムの知り合いにして、ティアが闇の国に行くことになった理由。
そこまで情報を並べてみるが、別段なにかが見えてくるということはない。
「ティアが戦争について探ったわけではないのか」
「たぶん」
「確認は取れるか? ディードという人物の話も聞きたい」
「うん! じゃあ今から──」
フィアが通信を始めようとした瞬間、善大王とフィアは窓に向かって走った。
空を超高速で飛翔する藍色のエネルギーを、二人の瞳は捉える。
その光は轟音をあげ、残光を残しながら光の国の上空を通過し、東に向かっていった。その方角にあるのは、未開の地だ。
二人が沈黙のまま、危機感を覚えて外を眺めていると、すぐに大気を振動させる爆音が轟く。
途端、東の空から黒い煙が上がり、瞬く間に空は灰色に染め上げられた。
今はまだ昼のまっただ中のはずだが、太陽すら遮られ、世界は薄暗くなる。
ひどい曇天の日と比喩すれば分かるだろうか。それまでが晴天だったという時点で、この急激な変化がどれほど異常かは判断できるだろう。
「フィア……」
「うん。たぶん、魔界の封印が破壊されたと思う──完全ではないにしろ、魔物が通るには十分だと思う」
それを付近で見ている人間がいないからか、フィアも完全な状況の把握はできていない。
とはいえ、彼女の予測は世界の全てを知った上の推測であり、それが外れることはおおよそないと考えて間違いはないだろう。
二人の疑問に対する解答であるかのように、静まりかえった世界に大きな音が響いた。
それは、人間の声だった。
『私は夢幻王ダークメア。ミスティルフォードに住まう全ての人間に向け、宣戦布告を行う』




