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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
348/1603

20

 善大王とアルマの部屋にはフィアが乗り込み、途轍もなく窮屈なダブルベッドの中、小の字で眠っていた三人。

 早朝に目覚めたのは、言うまでもなく善大王。他の二人は、まだぐっすり眠っている。

 両者に腕枕をしていた善大王だが、まだしっかり眠ていると判断し、腕枕を大きい枕(デカマクラ)に置換えた。

 そうして、うっすらと霧掛かった外を眺めながら、彼は朝の散策に出ようとする。

 人気がないとはいえ、既に起きて働く侍女らは彼の存在を認知していた。もちろん、忙しかろうとも一礼はしていく──善大王は最低限で返すだけだが。

 広いバルコニーに出て深呼吸をすると、昨日の余韻を打ち払うように、頭を大きく揺すった。


「善大王様、おはようございます」

「お前か」


 振り返ると、そこには警備隊の隊長──バルザックが立っていた。


「フランクはまだ戻らないのか?」

「と、言うと?」

「あいつに預かったコレをどうするか、と思ってな……」


 人差し指に引っ掛けた腕章を回しながら、善大王は首を傾げてみせる。


「フランクはラグーン王の命で動いています。しばらくは戻らないかと……」

「なら、お前が返しておいてくれ。本当なら直接返したいところだが、俺も時間がない」


 組織の存在を知ったからには、彼も今までどおりの生活を行うわけにはいなかった。

 当面は情報収集。バルザック経由で聞くという手もあるが、それで彼の首が絞まることになれば、彼を許したライカに顔向けができないのだろう。


「組織について、調べるおつもりですか」

「……ああ、そうだ」

「ならば、俺が話しましょう」


 その言葉が出た直後、善大王は「他国の人間よりも、自国の姫を守れ」と言った。

 しかし、バルザックは被りを振り、手を差し出してきた。


「ライカ様もそうですが、善大王様にも恩義があります。ですから、お話しましょう……それに、彼らは表立って動きをみせることはないと思われます」

「……だろうな」


 初めから分かっていたということではなく、バルザックの言葉から善大王は理解した。

 もしもバルザックのような表舞台の人間が突如として消えるような事件があれば、それは善大王の耳にも入ってきているはず。

 それがないということは、安易には消せない、ということなのだろう。

 ただ、それまで裏切り者がいなかった、というだけの話かもしれないが。


「頼む、教えてくれ」


 善大王はバルザックの手を握り、小さく頭を下げた。


「俺の知る限り、組織は全ての国と繋がっています。それも、貴族から騎士、果ては冒険者ギルドの人間とも」


 いつかのブランドー、もしくはギルドマスターもその一部か、と考えかけるが、善大王はそうではないと判断した。

 正確には、関与や支援をされていた可能性こそあれど、組織のメンバーではないということ。

 調査が間髪なく行われたこともあり、組織が証拠を隠蔽する隙はなかった。にもかかわらず、怪しい実験や、組織を匂わせるものは発見されていない。

 そもそも、組織のメンバーであれば、彼の為に動いたのが系列貴族だけだったというのも奇妙である。

 ギルドマスターにしても同じ。冒険者ギルドのトップが毒されていたのであれば、あの事件を不問にすることは間違いなくできなかった。

 つまるところ、組織はミスティルフォード内に偏在しており、誰にでも影響を与えているということ。


「(おそらく、王族を除いて……だがな)」


 思考を巡らせている最中、バルザックは情報の提示を続ける。


「組織の主目的は影響力をあげること、さらに技術の開発です」

「技術の開発?」

「聞く限りでは、不老不死の人間を作る実験や、属性を変化させる実験、異なるエネルギーの発見など……と」


 善大王の知るところではないが、その中の一つの実験は成功例を持っている──現《火の月》のアカリだ。

 ただ、知らないのは成功例の存在であり、実験の意味であれば彼も知っている。

 先代の善大王が残したレポートに目を通し、アカリ──赤い髪の少女と記されていた──の存在、不老不死の研究をしていた組織の存在も。


「(異なるエネルギー? ……それはまさか、《負の力》のことを言ってたんじゃないか?)」


 記憶を自ら失い、アイと呼ばれていた当時のエルズが告げた言葉。

 彼女がそれを知る機会があったとすれば、それは闇の国の諜報部隊だった時代だけだ。

 そして、エルズは組織や集団を潰す存在として有名だった。それらの情報を総合すると……。


「闇の国に、組織があるのか?」

「事実は分かりかねます。ですが、少なくとも……問題はそれ以上にあります」

「問題だと?」

「……組織は、戦争を起こす為に計画を進めています。その時は、決して遠くはありません」


 戦争、という単語が出た途端、善大王の頭の中には言葉が巡った。


「(戦争? 馬鹿な、そんなことが起こるなんて……まるで、お伽噺みたいじゃ──)」


 お伽噺だと笑っていたそれが実在することを、彼は知っている。

 《風の一族》の里を襲った紫色の巨蟲、天の国に現れた灰色の龍。あれらも組織の狙いで出現していたとすれば、戦争という言葉がお笑いではなくなる。


「まさか……」

「私が知っているのは、ここまで……いえ、最後の一つだけ」

「なんだ」


 焦燥していた善大王は、気が気ではない様子で聞いた。


「組織の名前は……《イーヴィルエンター》と言います」



 ──そうして、光の国に帰還した後……。


「善大王様、本当に信じているのですか」シナヴァリアは問う。

「ああ、組織の存在は疑いの余地がない。だとすれば、今までの事件のいくつかがこいつらに起因していても、なにもおかしくはない」


 善大王としての仕事をシナヴァリアに任せながらも、本人は今までの資料に目を遠し、組織に関連する事件がないかを調べていた。

 ただの戯れ言であれば、シナヴァリアもこの頼みを受けていなかっただろう。

 しかし、不老不死という言葉を聞いて、思い当たるところがあったに違いない。


「(不老不死を研究していた組織……そして、今や《不死の仕事人》と呼ばれているアカリ──あの組織も結局、足が付かなかった。だとすれば)」


 奇妙なほどに財源を抱えた組織、それが当時の光の国の出した見解。

 明らかに異様だからこそ、他国貴族の関与も疑われたが、それらしい形跡は一切なかった。

 しげしげと働くシナヴァリアには目も向けず、善大王はひたすらに書類の内容を確認していく。 その中に、たった一つだけ、奇妙なものが存在していた。


「……なんだ、これは」

「どれですか?」


 シナヴァリアは作業を中断すると、善大王が注視していた書類を覗き込む。


「これですか。水の国から送られたもののようですね。たしか……私が処理した書類です」

「闇の国が戦争を仕掛けようとしている……これは、ティアの事件前後に送られていることになっているぞ」


 時期からいえば善大王が軍艦の使用により、おぞましい数の始末書を書かされていた頃だ。

 善大王ですら本業に手をつけられないという状況だっただけに、シナヴァリアがやむなしと代行していたのだ。


「……カイト? どこかで聞いた名前だな」


 さすがの善大王も、これっぽっちも興味を持っていないようなことを記憶することはできない。 もしも少女が関係するのであれば、空耳程度のものでも数十年規模で記録しているのだが。


「内容の突飛さから、善大王様にも伏せていましたが」

「いや、構わない」


 もしも自分が見ていたとして、シナヴァリアのように気にしていなかった、ということを彼は自負していた。

 しばらくし、善大王はカイトから送られた内容を再確認する。


「……イーヴィルエンターの戦争は、数ヶ月後──当時から考えれば、ほとんど符合するな」


 この一致をただの偶然とは見ず、善大王は各国へ注意勧告を行うことを決定した。

 とはいえ、色々と都合が悪い。なにせ、主な情報源はバルザック──地位で言えば文句はないのだが、それを公表することは彼の今後に影響する。

 さて、そうなるとカイトに白羽の矢が立つのだが、彼の場合は身元が完全に不明だ。これでは、余計に胡散臭さが増す結果にしかならない。


「俺ができるのは、文字通り警戒か」


 シナヴァリアの肩を数回突くと、自然に椅子をずらした。そうして生まれた机と椅子の隙間に手だけを突っ込み、引き出しに入っていた予備のペンを取り出した。

 善大王の公務として行う、書類の承認などにも使われる特殊なインクを取り出し、いつもであればフィアがお菓子を置いている少し長めの机に四枚の紙を置く。

 ソファーに腰かけると、慣れたような手つきで達筆とはいえない、読みやすい文字を書き込んでいった。

 水の国を除く三国にはほとんど同じ内容を。

 冒険者ギルド宛のものには、それらとは違う、柔らかい文体で。

 最後に、それを封筒に入れると、光の国の紋章で溶かした蝋印で封を閉じる。

 冒険者ギルド宛のものには、《放浪の渡り鳥》親展という表記も欠かさず行った。


「水の国が知っていると?」

「たぶんな……それに、知らなかったとしても、俺の手紙じゃ奴が天の邪鬼になるだけだろうしな」


 皮肉にも、善大王はフォルティス王のことを良く理解している。

 とはいえ、今回はもとより軍備強化をしていたので、影響はないと思われた。それはもちろん、善大王も考えてのことだろう。


「先制を打てれば、良いのだがな……」


 憂鬱そうに虚空を眺め、善大王は立ち上がった。

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