13
敗北を認めたバルザックを見下ろし、前大王は呆れたように溜息をつくと、背を向けた。
「もう一度言う。お前は終わりだ。今、俺が連絡をすれば、それだけで警備隊がくる」
「ぐっ……」
「……それで、お姫様。どうしますかい?」
急に話を振られ、ライカは虚を突かれたように唖然とする。
しかし、少し迷った後に彼女は頷き、バルザックの前に立った。
「アンタの言い分も、一理あるかもしれない。それに、父さんへの忠義も本物だと信じたい。だから、一度は許してあげるし」
涙を流したことは、良くも悪くも真実を認識したことを示している。だからこそ、彼女は反省することができた。
そして、ライカならば己を省みることができると、善大王はわかっている。
「……恩赦、感謝いたします」
バルザックは、ライカにひれ伏した。おそらく、その行為に初めて誠意を込めたのだろう。
その後、善大王は彼に帰還命令を出した。
ライカの管理者を彼に回す、という手もあったが、最後まで自分でやり遂げたくもあったのだろう。
そして、強い感情の波が及ぼす、ライカ自身の認識世界の歪みを正す為。意図せぬとはいえ、善大王は一度、そこで誤っていた。
「善大王……」
「なんだ?」
共に歩みながら、暗くなりはじめた空を善大王は眺める。
「ありがとう」迷いながら、ライカは言った。
「らしくないな」
「茶化すなし」
「はは、悪い」
軽く答えるが、彼は相も変わらず空を見ている。
「あれで、よかったと思う?」
「俺は上等だと思った。人を切り捨てるだけの奴は、大抵駄目だ」
信頼や忠義、恒久的な労働力、そうした現象を一種のアドバンテージとしてカウントしている──打ち手の思考を持つ──彼は、そう考えていた。
「アタシも、フィアみたいに変われるかな」
ライカは、善大王の手を繋ぐと、彼の顔を見つめる。
しかし、彼は気づいていないような様子で、顔を向きを変えることはなかった。
「フィアみたいに、なんて目指す必要はないだろ? ライカはライカのまま、自分の思うままに善い方向に進んでいけばいいんだ」
「……そう、してみるし」
長い沈黙の末、二人は雷の聖域へと到着した。
入り口で待とうとした善大王の手を強く握り、彼女は無言のままに引っ張る。
「……わかった。ついていく」
柱のようなものが無数に突き刺さる、奇妙な場所。
光の聖域は人工構造物や、虹色の光などこそあれど、ここまで異様ではない。
視線を泳がせると、錆び付いた拳銃や、反り返った片刃の剣などが落ちていることに気づいた。
善大王はすぐに、それが《武潜の宝具》だと察する。
「異世界から転移される工芸品の多くが、ここに召喚されてくるらしいし」
「そうなのか?」
「うん、だから数百万という単位の廃棄物が並んでいるし」
《武潜の宝具》の有用性が知られたのが近年であることからして、それ以前に召喚されたものは全て、使い道すら理解されずに打ち棄てられていたのだろう。
それこそが、あの錆びついた姿。
そんなことを考えたからか、善大王は聖域内に突き刺さっている柱もまた、そうなのではないかと思った。
実際、見上げてみると、その先端には十字の部品──ものによっては破損している──が取り付けられている。
「まるで、風車だな……ただ、こんな細い柱じゃ、粉を挽くこともできないな」
「父上を同じことをいってたし……でも、異世界から召喚されたなら何か意味がある、とも言ってたけど」
どうにも、聖域という場所にあるからか、大規模な解析工事は行われていないらしい。言うまでもなく、この場は危険地帯なのだ。
フィアのように気が利かないわけでもなく、ライカは周囲に電撃の結界を張っており、善大王への負担を減らしている。




