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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
340/1603

12

 男がフードを捲りあげると、雷の国の特徴である茶色の髪が目に入ってきた。


「ライカ、面識は?」

「……会ったような気はするけど、覚えてないし」

「そうだろうな。そうだろう……お前からすれば、オレ達など、ただの雑兵にすぎない」


 破れた黒ポンチョの隙間からは、フランクが身に纏っていたものと同じ、警備隊のベストが存在している。

 警備隊長のモデルだからか、人体を木っ端微塵にできる威力の術にすら耐えた。絶縁性、耐衝撃、それらが装備の全てに行き届いていたのか。


「まさか、身内にこんなのがいたなんて……生意気だし」

「ライカ」


 叱責するような声で善大王が言うと、反省する様子も見せず「主に逆らうなんて生意気だと思うのが当然だし」と、貴族としては当然の返答をした。

 いくら少女とはいえ、ライカは貴族なのだ。それも、他の《星》と比べると遙かにわがままな。

 利益次第では階級差すら無視するような、先進的思想──時代に適応していない──の善大王とは異なっているが、彼女の言葉になにかしらの問題があるとは思えない。

 兵の名前や、顔を覚えていないのも然り。自分を追いかけてきた兵を倒す、というのは問題行動ではあるが。


「そうだ。オレ達は(あるじ)に──ラグーン王に仕えている。あのお方がそうしろというのであれば、それに従ってきた。だが、お前のような人殺しの兵器に従う義理などない」


 人殺しの兵器、という言葉の意味をライカは理解していなかった。


「巫女を防衛装置と思って言っているなら、いい加減にしたほうがいいぞ」


 バルザックの発言に対し、善大王は憤る。少女であることもそうだが、巫女への卑下はフィアへの侮辱に繋がるのだから。


「お前も同じだ、善大王。所詮、お前達はオレ達のようなただの人間を脅かす、暴力と殺戮の権化にすぎない。恐怖で黙らせ、仮初めの平和を作っているなどと自惚れ、胡坐をかいているだけの──」

「黙れ」


 胸倉を掴みあげると、右手から導力を放出し、導力の刃を生み出した。

 自分がなにを言われようとも構わない。ただ、今を生きている少女を傷つけようとする行為を、彼が見逃すはずがなかった。


「暴力兵器? ……好き勝手に言ってくれるじゃん。そうだし、アタシはアンタらみたいなザコを助けてあげてるだけし」


 言葉こそ強くとも、ライカは涙を抑えられない。

 彼女は強がりで棘々しい態度を取ってはいるが、頭の中はしっかり少女(こども)だ。

 だからこそ、自分が否定され、ここまで嫌われていることを知って傷ついたのだろう。


「助けてあげているだと? 自惚れるのも程々にしろ。雷の国はお前だけのものではない。多くの者が自由を望み、その為に王すらも平等を目指そうとしている国だ。お前の奢りは、雷の国の害でしかない!」


 それまで気丈だったライカも、ついに泣き出してしまった。

 フィアほどではないにしろ、彼女もずいぶんとナイーブである。そんな彼女が、こんな叱責の連打に耐えられるはずがなかった。


「己が罪を理解するのであれば、ここで、オレに、殺されろ」


 弱りながらも、バルザックは拳銃を取り出す。

 だが、善大王の導力攻撃により銃が弾き飛ばされた。感情的になっているからか、打撃というよりかは斬撃の如く鋭さを含んでいる──だからこそ、ゴムの紐すら引きちぎった。


「違うな」

「邪魔をするな、善大王ッ!」

「個人の主義主張に文句を言うつもりはない。それに、ライカは実際厄介で暴力的だ。俺もこいつに付き合ってたら、お前みたいに思っていたかもしれない」

「なら──」

「だが、一部の意見を全体の意見みたいに言うのはやめろ。それこそ、ただ数の暴力、多数決の理で思考停止しているだけだろうが」

「多くの者が思っている。いや、オレが知らないだけで、あの国に住まう誰もがそう思っている」

「その誰もが、ってどこのどいつだ。俺のことを好き勝手に言うのはいいが、ライカの悪口を言うっていうなら、俺が一発ぶん殴ってやる」


 あまりに《皇》らしくない善大王の言葉を聞き、ライカの涙は止まった。そして、本人も理解できないような、本心からのときめきを覚える。

 それでも、彼女は彼を好いてはいなかった。かつて襲われかけ、自分に物を言うこの男が、どこかで気に入らなかった。

 しかし、今は少し違う感覚を覚える。

 あれだけのことを言い──自分を良く思っているはずもないその男は、己のことではなく、他人の為、真に怒っていた。


「善大王が殴るなど……戯けた真似を」

「そうしなきゃならないっていうなら、俺は迷わない。いや、本当なら……その前にライカが理解してもらえるように、努力するかもな」

「ただ力を振るうしかできない娘を、誰が理解しようとする」

「……お前は最初から読み違えているな。少なくとも、たった一人だけでも、こいつに仕えることに誇りを持っている奴がいた」


 それは、フランクだった。

 彼から聞いた言葉、それがただの偽りではないことはわかっている。そして、フランクが口にした警備隊の者達も、何人かは彼と同じ思いなのだろう。


「なっ……そんな者がいるはずが──」

「俺は少し前、警備隊の世話になってな……その時、駆けつけた警備隊の奴らも、辺りにいた民も、俺の目にはライカを心配しているように見えたがな」


 少しは思い当たる節があったのか、僅かにだがバルザックの顔色が変わる。


「なにはともあれ、お前はここで終わりだ。雷の国への反逆行為は、この善大王が目にした……ラグーン王も疑うまい──いや、ここで俺が始末しても構わない」


 急に、善大王は冷酷な発言をした。

 少女に仇なす者に対し、彼はどこまでも冷酷残忍に徹することができる。しかし……今はそれとは違う。


「お前さえ……お前さえ倒せば、そこの娘はどうとでもできる。善大王、お前さえ倒せば、再びラグーン王に仕えることが──」


 突進を仕掛けると同時に、バルザックは懐からこの世界のものとは思えない、折り畳みナイフ──バタフライナイフというらしい──を展開した。

 完全な不意打ちだったが、善大王は軽く回避し、手に蹴りを叩き込んでナイフを落とさせる。

 落ちたナイフを踏みつけると、激情に任せた導力でそれをへし折った。


「終わりだ」


 術者、そして権力者でしかないとみていた善大王に、警備隊長の自分が負けた。

 バルザックは完全な詰みを認識し、うなだれる。


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