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《暴食の鎖》の影響か、まだソウルは安定していないが、それでも大抵の敵には負ける気がしない。もう、ティアとの戦いのような真似をする気もない。
水の国の建国からそう経たない内に建てられたという闘技場。とても立派で、歴史的価値もあるとは分かりながらも、今は観光気分にはなれない。
「俺の相手は誰だ?」
「私だ」
ヘルムの男は壁に立てかけられていた薙刀を手に取ると、こちらに手で合図を送ってきた。
「いや、俺はいい」
「そうか。では、早速始めよう」
ソウルの安定はまだ六割程度。ただ、それでもただの兵士程度であれば十分だろう。
試合開始の合図はないらしく、ヘルム男はこちらに突進を仕掛けてきた。速度は速いが、それでも回避は可能な速度だ。
俺は右手に導力を収束させ、同時に《魔導式》を展開していく。
一発回避するが、案の定、横薙ぎに移行してきた。ただ、それに関しても導力で覆われた俺の右手が弾き飛ばす。
「やるね」
声の調子が変わったことに気付きながらも、早速俺は第一撃目を放つ。
「《光ノ二十番・光弾》」
俺の十八番が発動し、ヘルム男の胴体に向って光弾が放たれた。
本来、回避することはかなり困難。発動前の前兆を探るしかないのだが、ヘルム男はこれをきっちりと避けてきた。
術者戦に不足はない、ということか。面倒になってきたな。
並行して《魔導式》を刻んでいくが、相手のヘルム男も青い《魔導式》を展開してくる。
「《光ノ二十番・光弾》」
光弾を薙刀で叩き落とし、ヘルム男は俺の懐に潜り込んできた。
「《水の二十番・液杖》」
掌より水が発生し、それが棒状に姿を変える。威力は大したことはないが、一発受ければ隙を作ってしまう。
敢えてヘルム男に近づき、突き飛ばす。それによって術は不発に終わり、そのまま俺の拳が伸びる。
胸部に一撃を食らい、ヘルム男が吹っ飛ぶ。導力を完全に纏わせられなかったが、強化自体はされている。
「ハッ、これが善大王の実力かぁ。面白いね」
「楽しんでいる余裕があるのか?」
「もちろん……だけど、ここまでだね」
ヘルム男が後方に飛んだ瞬間、地面に刻まれた《魔導式》が目に入る。既に上級術の量が揃っていた。
「なっ――」
「《水ノ百三十九番・水龍弾》」
多量の水が龍の顎を思わせる形に変化し、その開口部より数発の水弾が発射される。
水属性は癒しに特化した属性だ。攻撃力に関しては光属性にすら劣る。
だが、それが上位術となってくれば話は別。人を殺すには十分すぎる火力だ。
しかし……術に関しては極めたと言っていい俺が、上級術の魔力を見逃していたと思うか?
「《光ノ百十一番・星粒壁》」
完全な意趣返し、こちらも同様の方法で《魔導式》を展開していた。
水弾が光の壁に遮られ、完全に無力化していく。そして、蓄積されたエネルギーには攻撃性が宿る。
鋭い光の矢が反撃として放たれ、ヘルム男のヘルムだけを溶かし、顔から引き剥がした。
「その髪……やっぱり、王族だったか」
シアンのそれには及ばないが、しっかりとした水色の髪。俺程ではないが、整った顔つきをしている。どちらかというと童顔っぽくもあるか。
ただ、何よりも気になるのはその瞳。片方は青色なのだが、もう片方は緑色をしていた。所謂オッドイアイ、珍しいものだ。
「あらら、気付いていたんだ。さすがは善大王様、とっぽいなぁ」
「勝負は決着、でいいな? 俺としても理由があったからって王族を殺したら面倒だ」
「ま、妥当だろうね。でも、甘いなぁ……僕なら殺してたよ」
水の国の王――フォルティス王の顔からは純粋さを感じた。年はおそらく俺よりも少し若い程度だろうが、純粋無垢な子供を想起させる表情だ。
「俺とフォルティス王はタイプが違うんだよ。それで? 俺は釈放されるのか?」
「もちろん。善大王様ほどの使い手と戦えて楽しかったよ」
その態度をみて、俺は嫌気がさした。
「シアンは良いって言ったのか?」
「シアン? ああ、彼女ならば構わないよ」
この男は、娘であるシアンになにも思っていない。
きっと、俺を捕まえたのも自分の娘に手をあげられたからもでもなく、城下町の治安が乱れたからでもなく、自分が楽しみたかっただけなのだろう。
「なら、帰らせてもらう」
「休んで行ってもらっても構わないけど?」
「ああ、十分に休ませてもらったさ。素晴らしいお部屋でな」
嫌みだけを吐いて、俺は闘技場を後にした。