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昼も終盤、夕刻まであと少しとは言えないような頃合い。雷の国内で激励を行う活動は終わり、無事に姫としての仕事を全うしたライカ。
半分を越えた辺りからは善大王に背負ってもらっていたが、遊び回ることに関しては無尽蔵の体力を持つ子供とて、緊張感のある仕事であれば疲れもする。仕方がないことだ。
そして、最後の仕事は雷の聖域に向かうこと。
「ライカ、疲れてないか?」
「チョー疲れてるし」
「はは、そっか。ライカは頑張ったからな」
「……アンタも、ほんのちょっとはやるじゃん。アタシには遥かに及ばないけど」
彼に抱く信頼は地の底の底──襲われかければ当然だが──だったライカだが、今回の件で少しは見直したらしい。
その証拠に、向けられた言葉に対して素直にはにかんでみせた。視界外だが、善大王には観測ている。
場面場面で切り取ると、好かれるような要素はないように思えるが、彼はライカのサポートをしていたのだ。ラグーン王に頼まれていないにもかかわらず。
背負うことでの移動手伝いから、言葉に詰まった時にそれらしいヒントの耳打し、慰労の為に渡す品の選別などなど……。
いまこそ王であるが、彼もまたシナヴァリアのように参謀としての動きもできる。そういう性格というよりかは、有能だからこそ兼役すら苦としていないのか。
いや、単純に少女の為ならば尽くしてもいい、という彼本来の性質が原因かもしれない。
「フィアとはどういう感じ?」
流れを無視した、唐突な問いだが、善大王は理解していた。
「いままでどおりさ」
「それって、良い方に? 悪い方に?」
「良い方だ。フィアは、昔のように怖くはない」
見透かされたような口ぶり──実際、ライカはそこが気になっていた──で返され、不機嫌気味になる。
「そんなの、知ってるし」
「変わりたいからって、手っ取り早く恋人作ろうとするなよー。そういうのはしっかり考えて動くべきだぞ」
「なっ、なんのこと!?」
「なに、ライカがレディだとか悪女だとか、そういうのになりたいと言ってたからな。推測しただけだ」
「(うっ、確かに言ってたし……)」
自分の発言が手懸りになってしまったと反省し、同時に先ほど見透かされたことも、そういう仕組みなのかと判断した。
もちろん、善大王はライカの思考を読んでいた。人間離れした情報集積能力での究極的な推理なので、完全に嘘ではないが。
「心配なんかしなくていい。ライカは今のまま、伸び伸び生きて行けばいいさ。大人なんていうのは時間がくれば勝手になれる」
「アタシは早く大人になりたいし」
「体が? 心が?」
しばらく迷った後、ライカは「どっちも」と告げた。
「体なら、いつでも大人にしてやるよ」
ムッとなり、今にも《魔導式》を展開しそうにもなるが、それに恐れる様子もなく彼は続ける。
「心は、経験と時間だな。あのフィアですら、子供の世話を半年も続けて変わった。普通は、世話なんていうのは大人にならないとできないからな」
遊び相手、という意味ならば兄弟でもできるが、フィアがしていたのは母親として──序盤は違っていたが──の仕事だ。だからこそ、経験を先取りしたと言える。
「なんか、ずるいかも」
「毎日遅くまで家事とかやるが、大丈夫か?」
「う……それは面倒だし」
「はは、そうだろうな。なら、のんきに待てばいいさ」
ところどころに毒はあるが、善大王の言い分はどこか優しさがあった。
それは、他人や身内という立場や比喩とも違う。文字通り、親や兄弟の考えに近い。
もとより、彼は少女を性的にだけではなく、女性としても愛していた。だからこそ、自然とは言えるのだが……。




