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型抜き屋に到着し、机を見回してみるが、どこの席にもアルマはいない。
「(迷子? いや……待っていてくれと言ったはずだが)」
不安になり、店主に話しかけると、「別の出店を見に行ったみたいだよ」と告げてきた。
「くそ、金を置いていったのが間違いだったか」
「いんや、あの子は使ってないんじゃないかね」
「……何故だ?」
「これをみてくだせぇ。きっと、驚きますよ」
もったいぶる店主の態度に、善大王は奇妙さを抱く。
次の瞬間、店主は素早く振り返ると、出店の入り口に飾られているものを指さした。
「あの格子縞を抜ききったから、銀貨一枚の賞金を出したんだよ」
格子縞というと簡単そうに聞こえるが、隙間は少なく、線の本数も多い。さらに、線の一本一本が針と同等の細さしかないのだ。
傘の形ですら折れやすいというのに、ここまでの精密作業をできるとは……と、善大王は素直に感嘆している。
ただ、そんなことに気を取られている場合ではないと考え、すぐさまアルマを探しに行こうとした。
「ほら、行くぞ」
「行くぞってなにさ、敬語くらい使うの常識だし」
「俺とライカの仲だろ?」
「アタシは姫だしー!」
「俺は《皇》だが?」
一瞬黙ったが、すぐにライカは激怒する。
「うるさいし! 敬語敬語敬語ー!」
「まったく、こだわる娘だなぁ……」
アルマへの心配もあったのか、それともライカにはそういう態度を取ってもいいと思ったのか、彼は比較的強引に彼女の手を引いた。
「ぎゃー! はなせー! 乱暴にすーるーなー!」
「アルマのピンチだ! 早くいくぞ!」
「アタシは自分で歩くしー! こんな子供っぽいの、嫌ーっ!」
騒ぎ立てるライカのせいで、周囲を行き交う者達の視線が集中する。
いくら内々で繋がっているとはいえ、公式で頼まれているわけではないのだ。善大王と明かせば誰をも納得させられるが、《皇》が直々に世話をしているなどということを知られるのはあまり良くない。
「ほら、こっちだ」
僅かに体を持ち上げると、急いで人通りの少ない場所まで走った。
ある程度視線が減った時点で、陸に引き上げた新鮮な魚の如く暴れ方をしているライカを降ろし、改めて手を握る。
「うーがー! レディ扱いしろー!」
「レディならお淑やかな態度をだな……」
「そーいうことは、初恋の人だけだし!」
「それを言うなら……
途端、善大王は真剣な表情で彼女に視線を送る。
「前に色々した仲だろ?」
具体的な行動はしていないとはいえ、彼はかつてライカを襲いかけていた。
軽微な接触とは言え、それが恋人が行うそれに相当すると分かることだろう。
顔を真っ赤にしたライカは、羞恥心を隠すかのように大きな声を上げる。
「嫌ー! それアンタが勝手にやっただけじゃんか! 放せー!」
気の短い者ならば、こうしたうるさい子供は例に漏れることなく嫌な存在だろう。
事実、傍を通りかかる者達は全員が全員、関わろうとしていない。
しかし、善大王はそれとは真逆であり、ある意味とても子供らしいライカを愛らしく思っていた。
そう言っていられたのは、何もかもが子供だった時までだが……。
「《雷ノ十四番・白雷》」
反射のように大きく体を仰け反らせるが、それでも白い雷撃が彼の頬を掠り、少量の出血を伴う傷を与えた。
騒ぎにならないようにと、善大王は導力を操作し、掻くような動作でこっそり血を拭う。
それにより、近くで見ない限りは傷があるとは思えないようになった。
「おい馬鹿! こんなところでそんな火力の術を使うなよ!」
「アンタがいつまでも放さないからだし!」
ライカは隙をついて手を振り払うと、少し離れた場所に位置取る。
「アタシから離れて行動する! さもないともっかい打つし!」
「はいはい……でもなぁ、一応俺はラグーン王から頼まれているんだぞ? そこまでは離れられない」
「……そういえばそっか。じゃあ、少しくらいなら近付くのを認めてやるし!」
「じゃ、お言葉に甘えさせてもらって」
このような茶番をしてはいるが、彼は割りと本当に焦っていたのだ。
騒ぎ立てていても普通に見える、という意味からライカを肩車し、そのまま走り去る。
もちろん、白い雷撃が放たれるが、被害が拡大しない程度に制御して進んでいった。




