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「シアンちゃん、この変態を放っておくつもり?」
「善大王さんは――その、フィアちゃんの大切な人ですから」
「それはフィアから聞いたのか?」
二人は俺の問いに口を閉ざし、話を逸らすかのように別の話をし始めた。
「それで、シアンちゃんはなんでこんな変態とつるんでいるのよ?」
「フィアちゃんから頼まれたので」
「そ、なら仕方がないわね。早く用事を済ませるわよ」
強気なミネアだが、さっきのシアンのようにアホ毛を掴んだらどうなるんだろうか。
俺は好奇心に押され、ミネアのアホ毛を触ってみた。
「わっ! なにすんのよ!」
蹴りが飛んでくるが、あっさりと回避してもう一度突っついてみる。
「巫女はみんなこんな感じなんだなぁ」
「やっ、やめなさい! やめなさいよ!」
「俺とデートしてくれたらやめるんだけどなぁ」
からかっていると、ミネアの体から凄まじい量の魔力が放出された。それと同時に《魔導式》が展開される。……これはまずい。
「《火ノ六十番・火柱》」
激しい火柱を一歩で避けたが、前方に残る熱に冷や汗をかいた。
「ちょっと! 街中でこんなものつかうなよ!」
「街中でこんなもの使わせないで!」
「せ、正論デスネ……」
言い返せずにいるところ、騒ぎを聞きつけたのか、水の国の兵が集まりだした。
「なんだ!」
「何事だ!」
シアンとミネアは何も語らなかったが、兵の中からヘルムを被った男が現れ、俺の手を掴んだ。
「城に来てもらおうか」
「ちょっと待て、俺は善大王だ」
僅かに反応を見せたが、表情は窺えない。
「では、王に聞くとしよう。来い」
仕方ないか、と俺はヘルム男に続いた。
城に到着する――と思ったが、俺が連れてこられたのは狭い一室だった。
「これをつけろ」
ヘルムの男が連れていた二人の男が俺の腕に鎖を巻き付けてくる。
おそらくは《暴食の鎖》という道具だ。対象者のソウルを抑圧し、導力精製を阻害するというもの。その効果から分かる通り、犯罪者などを封じる際に使われている。
「王様はまだか?」
「何を勘違いしている? お前は捕まったんだよ。犯罪者風情が王に会おうなどとはおこがましい」兵の一人はそう言った。
「善大王に喧嘩を売るとは、いい度胸だな」
「水の国内で問題を起こしたのはあなたのはずだ。皇ならば何でも許されると思うな」
ヘルムの男はそう言うと、牢獄から出ていった。
さて、どうしたものか。確かに非はこちらにあるが、これは過剰だ。
フィアに何やら口添えを受けていたというシアンが俺を助けてくれる、という可能性は少なからずある。
もう一つは、水の国の王が動くという展開。兵士ならばともかく、王ならば善大王にこのようなことをして負う面倒についても理解しているはずだ。
とりあえずは時間が掛かると判断した時点で、俺は地面に寝転がった。ベッドなどが置かれていないのは気が利かないとしか言えない。
そうして半日は眠り、残り半日は筋肉痛気味の体で椅子に座り、ただひたすらに待ち続けた。
かれこれ一日が経ち、朝日が昇りだしたころ、ノックする音が聞こえてきた。
「出ろ」
扉が開けられ、俺は大きく伸びをする。ようやくか、と娑婆の空気を吸い込んだ。
外ではヘルムの男が一人だけ立っていた。善大王の出迎えに当たっている辺り、この国でも相当な使い手なのだろう。
「やっと釈放か?」
「違う。お前には特別罪人として戦ってもらう」
「特別……罪人、か」
善大王としてその制度については聞き及んでいた。
なんでも、大きな罪を犯した者と、優秀な使い手をぶつけて楽しませる制度という。勝てば釈放なのだが、基本的には勝てないような戦いになっている。
文化の国として知られる水の国らしくもない、野蛮な制度だ。
「こいつは? これがあったら勝てないぞ」
そう言い、俺は両手に巻きつけられた鎖をジャラジャラと揺らしてみる。
「公平な戦いは保障されている」
宝剣のようなナイフを取り出すと、俺の腕に巻きつけられていた鎖を断ち切った。
「こい」
逃げるのは容易だが、勝てる戦いならば挑んでみるのも悪くはない。