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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
328/1603

13Ω

 白と軽い会話を済ませ、夢幻王は城の階段を下り、下層へと降りて行く。

 長い螺旋階段を歩んだ後、照明も用意されていない常闇の階層で、彼は足を止めた。


「夢幻王様、こちらですわ」


 闇の中からはライムの声が響き、それに続いて明かりが灯されていく。

 壁の高い位置にして、部屋の四方に配置された松明が同時に燃え上がり、最後にはライムの手に握られていたものが発火した。

 そうして、飾り気のない質素な部屋の姿が露になる。


「……行くぞ」


 ライムの背と比べ、二倍程は大きい扉を目指すと、彼女のことなど気にも留めていないような視線で進んだ。


「……何をしている、早く開けろ」


 扉の目の前で立ち止まるライムを見て、声を荒げないながらも、深く燃え上がるような憤怒の感情をみせる。


「夢幻王様に言う必要はないと思いますが、わたくしの傍を離れずについてくださいまし」

「……分かった」


 マナグライド城、その地下には隠し通路が存在していた。

 どこに続く隠し通路か、という疑問が最初に浮かんでくるかもしれないが、一般的には知られていない為に知る者は少ない。

 簡潔に説明すると、聖域に繋がっているのだ。

 今回、この場で二人が合流したのもそれが原因。《闇の聖域》は《闇の星》が管理している。

 ここでは国家が関与していないというのが非常に重要で、彼女の許可なしに立ち入ることは夢幻王にすら出来ないのだ。

 それ程に聖域という場所は危険であり、そして莫大な利益を得られる場所でもある。

 城と聖域を繋ぐ通路の扉を開くと、大陸に満ちているものとは比較にならない程の濃霧が発生し、全ての光が遮られた。


「では、行きますわ」


 ライムが藍色の霧を睨んだ瞬間、霧は恐れ慄くように奥へと逃げていき、道の視認が可能という段階に押し上げられる。

 足元だけを見て歩き、二人は完全に沈黙していた。

 早足で進む夢幻王に子供の体で必死でついていこうとしていたライム。彼女がそこまでしているということは、離れた場合には致死級の現象が起きることを示している。

 しばらく歩き続けると、城にあったものと同じ扉が現れた。

 幻覚となくことが進められる。

 再び扉を開くと、そこには先程までの濃霧はほとんど存在しておらず、藍色の霧が地面付近に漂うだけで留まっていた。

 思ったよりも環境がいい、などと思ってしまいそうだが、この聖域内にはそれよりも遥かに悪質な──濃い藍色の闇が存在している。

 こを見て道を戻ったわけではないと、ライム及び夢幻王が理解していたので、混乱するこ

こでは濃い藍色と表現したが、天井などの闇を見れば、星無き夜空を思わせる真夜中の青(ミッドナイトブルー)という色も想起できた。


「……ここが《闇の聖域》か」

「えぇ、お初でして?」


 ライムは知っていながらも、あえて問いを投げかける。


「……どうだろうな」

「あなたはお変わりがないようで」

「……早くしろ」


 子供の挑発で苛立っているわけではないが、どうも彼はライムを催促し続けているようにも見えた。それだけ重要なことをする、という考え方もできるのだが。


「分かりましたわ……それではこちらに」


 夢幻王の手を引くと、一歩、また一歩とゆっくり歩んでいく。

 遅い速度で歩かされながらも無表情を保ち続けたが、ふと思い出したように呟いた。


「……守護者(・・・)への対策か」

「えぇ、そんなところですわ」


 知識としてだけだが、夢幻王はこの聖域を守護する強力な生物の存在を知っている。

 彼が守護者と呼んだ存在がそれに該当するのだが、このような警戒方法で果たしてその存在との接触は防げるのだろうか──ということは、夢幻王も少なからず考えていた。

 杞憂だったのか、この場には何者も現れず、二人は目的の物質を発見する。


「これが闇のマナクリスタル……」


 藍色の光を放ち、その光を透過する程に澄んだ色をした、巨大な宝石の塊に触れていた。

 数百という時間を過ごした大樹の如き巨大さを誇り、見ただけでは大半の人間が宝石などとは思えないことだろう。


「では夢幻王様、準備は──」

「最初から済んでいる……やれ」


 小さく溜息をつくと、ライムは藍色の《魔導式》を複数展開した。

 《魔導式》が展開されていく最中、夢幻王が触れていた闇のマナクリスタルは次第に溶けていく。

 炎天下の中で放置するかのような遅さなのだが、消耗する量は氷を例に挙げることすら間違いだと感じるほどに莫大だった。

 マナクリスタルは《魔導式》に喰われている。そう感じることが出来たのは、彼女が展開していた《魔導式》が完成を迎えようとしていた時だった。


「……時は来た、今こそ全ての始まりだ」


 夢幻王がそう告げると、完成した《魔導式》が順次起動していき、藍色の輝きを放っていく。

 次の瞬間、大地が震動し、聖域内を覆っていた闇が聖域の外へと飛び出して行った。


「……これで完了か?」

「終わりましたわ。後は夢幻王様の宣戦布告で──」


 ライムの言葉は途中で遮られる。遮ったのは夢幻王だが、彼がそうしたのは、目の前に現れた存在の影響だ。


「……貴様がこの聖域の守護者か」


 クリスタルの後ろから伸びる、巨大な百足を視界に収めながらも、物怖じせずに話を始める。


「夢幻王様」


 礼儀を弁えない夢幻王に焦りを感じたのか、ライムはじとっとした目で彼を睨んでいた。


「餌が自ら我が領域に入って来るとは……まぁよい。この場であれば、神の許可もなく喰らうことができる」


 百足の顎は獲物を噛み千切らんと、幾度も開閉を繰り返しながら距離を縮めていく。

 夢幻王の眼前で舌舐めずりをするように、顎の運動を速めていたのだが、彼は怯える様子を 見せずに無表情で百足を捉えていた。


「夢幻王様、後ろに気を付けてくださいまし」

「……無駄に大きい猫が戯れようとしているのは、最初から分かっている」


 影など確認できない聖域内部にもかかわらず、彼は目前に迫る百足には恐れを抱かず、それどころか背後に迫る守護者の本体にも気付いてみせた。


「神の左腕が何の用だ」

「……用は済ませた、このような所からは早急に立ち去る」


 本体をみないままに答え、帰還の意を示すように振り返る。

 そこには、巨大と比喩することも愚かしく感じる程に──絶対的な体躯を誇る黒豹が存在していた。

 覆うように装着されていた仮面は人工物のような形状をしながらも、まるで生きているかのような材質をしている。

 体の構成などから黒豹であることは確定的なのだが、その背からは蝙蝠の翼にも見える双翼が伸び、尾は先程まで夢幻王を威嚇していた百足だ。

 ここまで言えば分かる通り、《神獣》だ。その名を、ヴィシャス。


「闇の星、贄を用意していないとは言わぬな?」

「生贄ならば、すぐにでも用意できますわ……あと少し待っていただければ」

「勝手に使った分すら、払い戻せるとでも?」

「あちらはわたくしの管轄ですわ」

「クク……ならばそれまで待っておこう」


 別段急いでいなかったのか、ヴィシャスはしばしの延期を許し、闇の中へと溶けて行った。

 どうにか《神獣》を納得させたライムだが、実際にそれを用意できるか、そして用意するか、という点については深く考えていない。

 しかし、分かりきったことを聞くかのような表情をし、夢幻王に耳打ちをした。


「夢幻王様、生贄の用意はできまして?」


 彼は鼻で笑うと、目だけを動かしてライムを見る。


「……戦争が始まれば、廃棄して積み上げる程に溜まる」


 夢幻王のグランドデザイン、その成就には多くの死と混乱が氾濫し、屍連ねる地獄へと変えることが必須条件でもあったのだ。


「あら、それは素敵ですわね。さすがは夢幻王様……素晴らしい()

「違うな」


 予期せぬ否定を受け、黙ったまま首を傾げた。


「私は夢幻王ではない……ダークメア(・・・・・)だ」


 夢幻王──ダークメアの名乗りを聞き、ライムはそれまで見せたことのないような笑み──狂楽に歪み、邪悪さを孕ませた表情──を浮かべ、先に歩み行く彼の背を追う。


 世界(ミスティルフォード)はまだ知らなかった。

 こうして、世界を終焉に導く序章が紡がれたことも──《終焉(ダークメア)戦争》が始まることも。


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