13
次の日の早朝、ディードは船着き場で待っていた。
到着時刻が早かったのか、誰一人として先遣部隊の隊員は来ていない。
いつ頃出発すべきか、そもそも定期船に乗るべきなのかどうかも分からないという、凄まじく投げっ放しな状況に置かれていた。
時間潰しの意味も含めて、海を眺めつつ、少しばかり反省をする。
「(少し早かったか?)」
「さすが隊長、到着が早い」
聞き覚えがある声が耳に入ってきた途端、素早く振り返った。そこにはなんと、先日戦ったバロックが立っている。
「何故バロックが?」
彼が現れたことに対しての驚きというよりも、ありえないものを見ているような──奇怪そうな顔をしていた。
しかし、それは片方に限ったことではなく、バロックもディードの反応に困惑している。
「部隊長と俺は都合が違うのか? 俺の方は隊長試験を受ける為、第一部隊の脱退を命じられたんだ」
「……それはすまなかった」
「負けたのは俺だ、それについては謝らなくてもいいぜ。それに、先遣部隊の次席になれたのも、さほど悪い話ではなかったからな」
「次席?」
「あぁ、そうだ。俺は試験を受ける前から、指揮官としての訓練を受けていたんだよ。こうした訓練を受けた奴は稀少だから、無事に採用ってわけだ……危うく無職になるところだったけどな」
どうやら、分隊長として必要な座学を彼は終えているらしい。
その経験と単純な実力は、実質素人隊長であるディードにつけるには都合がいい人物ではあったのだろう。
「それでだな、隊長──」
「ディードでいい」
「そうか、じゃあディード……隊員が揃うまで、しばらくかかるだろう。それまでにある程度のことは教えておく」
「教える……何についてだ?」
ディードは傲慢な人間ではない。王族の生まれだとしても、それを理由に上から目線をしない辺り、ある程度の分別は付いているのだ。
過去に下した相手とはいえ、皮肉で挑発するような真似をするはずがない。純粋に、理解で来ていないのだ。
「皮肉で言っているのか?」
「いや……本当に分からないな」
自分に勝利した人間がこのような人物だったと知り、バロックは頭を掻き始める。
「隊長についてのことだ。俺が知る限りのことだが……ディードはそもそも習ってすらいないんだろ?」
「……そうだな、だが、それは後でもいいか?」
「面倒くさくなったか?」
茶化すような声で煽ったが、ディードはそもそも面倒などとは思っておらず、煽られたという自覚もほとんどなかったようだ。
「航海中は暇な時間が多かろう、ならば……」
「後回しにか?」
「やって来る隊員を迎えてやるくらいではないとな」
ディードがそう言った瞬間、バロックは沈黙した。
「……ハハハ、通りで隊長に選ばれたわけだ。じゃ、隊長さんがんばってくれよ」
彼は笑いながら自分の隊長の肩を強く叩くと、何処かに行こうとする。
「どこに行くんだ?」
「第四部隊の連中に挨拶だ。ディードはここで隊員を待っててくれ」
第四部隊に何の用があるのだろうか、そもそも第四部隊はこの付近に来ているのだろうか、様々な思考を頭に巡らせていた。
バロックがその場を去ってから少し経った頃、一人、また一人と隊員達が船着き場へと集まってくる。
定期船がきていない為、この場に訪れる者が全て隊員だと容易に判断でき、ディードは挨拶を交わしていた。
隊長達は基本的に傲慢ではない為、挨拶をするのはさほど珍しいことではない。
だが、大抵は隊員を一纏めにして挨拶を行い、一人一人に挨拶をするなどというのはそうそうあることではなかった。
そうして隊員達が集まり、第四部隊に挨拶をしにいったバロックも彼の隣に立つ。
「船は?」小声で言った。
「……ここだ」
促されたかのように、指を慣らしてみせる。
瞬間、藍色をした光のカーテンが引き剥がされていくかのように、何もなかったはずの船着き場には巨大な船が出現した。
「第四部隊が消していたのか」
「そうだな。じゃあ早く移動させるぞ」
ディードはその言葉を聞き、彼の肩に手を置く。
「では、あとは頼む。わたしは船内の確認を行う」
「……まぁ、いいけどよ」
不満げなバロックに掌大の紙──部屋割りが書いてある──を手渡すと、そのまま船内に向かった。
ディードはこの船の構造について理解している。例の指令書に添付されていたからだ。
ただ、こうして出現するまでは何の情報かも分からず、おそらくは搭乗する船だろうと推測してたのだ。
もちろん、軍艦は主流ではなかったので、ギリギリまでは定期船の可能性まで考慮していた。
そうして予定調和な散策を終え、ディードは仕事を終えたバロックと合流する。
「初仕事を副官に渡すか、普通」
「苦労をかけるな」
「分かっているのであれば……いや、ディードを補佐するのが俺の役目だ!」
「ならば甘えさせてもらう。わたしは先に船内で眠っている……隊員達は任せた」
「なっ──」
ディードは適当な人間ではないのだが、それでも一任するという無責任な真似をしたのは、あれほどの戦いを行ったバロックを信頼してのものだった。
仮にも一度戦ったことがある人間、そしてその戦いの中で彼を見切っていたディードからすれば、全て一任しても最悪の事態にはならないという確信があったのだ。
振り分け作業によって決定した自分の部屋へと向かい、備え付けられたベッドに座りこむと、隊員達のことを考えながら部隊の編成を開始する。
「(ここからが始まりだ……私の夢、この国を変える為の──)」




