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命を奪う気はない、というディードの思想に感動したらしく、カッサードは親指を立てている。
逆に、夢幻王を含めた他三名は多少不満を持っていたようだ。
「その甘さは命取りになるかもしれないね……」
上司として三人の意見を代弁したのだろうか、ラゴスは渋そうな顔でそう言うと、資料を畳む。
「だが、勝利は勝利だね」
何を言っても、彼はディードの勝利を喜ばしく思っているのだろう。資料をポケットにしまいこむと、拍手を送った。
仕方なしとは言わなかったが、誰がどう見てもそう言いたげだったヘレンも、資料から目を離して小さく頷く。
試験官全員の承諾が降り、この勝負は決した。
その時、夢幻王が不満の表情を変えずにいたのはディードのみならず、バロックにも見えていた。
「同じ国の仲間を殺す必要はないと、わたしは判断しました」
ディードは夢幻王に対し、自分の行動の理由を説明していたが、さほど意味があった様には見えない。
彼が納得していないということは、勝負が未だ決していないのだ。そう考えたバロックは拘束を振り払い、斧による攻撃を続行する。
止めに入ろうとする二人の隊長だったが、ディードは慌てふためくこともなく、目を閉じ、そして、左手をバロックへと向けた。
「……!」
彼の行動に驚いたのは他の誰でもない、夢幻王だった。
左手を向けると、彼を中心として、地面から莫大な量の《魔導式》が広がっていく。
その全てが輝いた瞬間、藍色の衝撃波がバロックの体に直撃し、無数の切り傷を与えながら壁に叩きつけた。
バロックは意識を失い、その場に倒れる。多少の時間で復帰する様子がなかったことから、勝敗は否が応にも決定することになった。
「なんなんだ、今の術は!」
「《闇ノ三十四番・解鋸》の同時使用、威力は落ちている」
ヘレンは自分の専門分野だからか、カッサードが咄嗟に発した疑問に対し、素早く回答を行う。
部下が心配とばかりに駆け寄ったカッサードが傷口を見た時、回答の通りに硝子片で傷を付けた程度の浅さに気付き、安堵した。
「この程度の傷で倒れるとは……鍛えが足らんぞ!」
「切断の傷は違う、衝撃で倒れている」
バロックはただの衝撃波だけで倒されたのだ。そのただの衝撃波こそが、ディードの切り札であり、準備多量の大技だったのだが。
「(まだまだ届かないか……あの技に)」
ディードの脳裏には、夢幻王が《皇の力》を発動した瞬間が映っていた。
左手をディードへと向け、瞬間的に自分を吹き飛ばした謎の力。
使用者も曖昧で、夢に見たことなのか、それとも夢幻王を庇った際に受けた攻撃がそれだったのか──どちらかが正解か、それとも両方間違いなのか、それを知る術を彼は持っていなかった。
「(……《皇の力》の再現か、根性だけの男ではないということは理解できた)」
夢幻王は彼に具体的な伸び代を感じ取り、納得するに至ったらしく、拍手をしながら近づいていく。
「合格だ。明日からは先遣部隊の隊長として頑張ってくれ」
それだけ言うと、夢幻王はその場を立ち去った。後々の手続きなどは、この場に居る部隊長達で事足りと考えたのだろうか。
彼がその場を立ち去ってからしばらく経った頃、ラゴスはディードに握手を促すと、手を握った。
「ディード君、おめでとう。君の上司として鼻が高いよ」
「はい、ありがとうございます」
「早速で悪いのだが、この書類に目を通しておいてほしいのだよ……いいかね?」
丸めて持っていた書類を重大そうな顔もせず、ディードに手渡した。
これには彼も驚きを隠せなかったらしく、隊長手続きの資料がこんな扱いをされていてもいいのだろうか、という疑問を抱いていた。
「……隊長手続きについてはこの書類に?」
「そちらは私の方で済ませておくよ。君はその書類でも見ながら休んでくれ。明日からは忙しくなるからね」
「(明日から忙しくなる……? この書類には、わたしの疑問の答えが全て載っているのか?)」
少なくとも今は第三部隊所属の人間であり、隊長命令に逆らえるはずもなく、ディードは宿舎へ帰ろうとする。
ただ、その前にやるべきことがあるのではないか、と考えたらしく頭を下げた。
「本日はありがとうございました」
「おう、お前も励めよ!」
「はい、お疲れ様」
「…………」
各々の口から労いの言葉をかけられ、ディードは再度頭を下げ、その場を後にする。
宿舎への帰路の最中、丸められた書類を折り曲げて形を整え、文字を読みながら歩き始めた。
「(新規作成部隊、先遣部隊は翌日遠方への調査へと向かうべし。部隊長は早朝に船着き場に来るべし……か)」
どうやらこの書類は指令書だったらしく、曖昧な命令を二枚目の頁に記し、それ以降の多くの頁には明瞭な指令内容が書かれていた。
その指令内容を簡潔に纏めると、先遣部隊は多くの国を渡り、情報を手に入れた後に闇の国に帰国せよ、とのことだった。
その文章内に部隊長名が記されていない辺り、本日の結果がどうなろうとも不都合はでなかったようだ。
「(明日とは唐突すぎるが……本来決まっていたであろうバロックを押しのけた皺寄せか)」
無用な想像は疲労するだけだと、ディードはその日は何も考えないことにし、宿舎に帰った途端に眠りに就いた。




