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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
322/1603

10

 事前に合図が伝えられていたのか、バロックは迷いなく攻撃を開始した。

 術などを使わない近接型の戦士なのか、《魔導式》を展開せず、接近と共に両腕を振り上げている。

 対するディード、あまりにも予想外の開始宣言に慌て、一手分の速度を出遅れてしまった。

 相手は武装を固めた近接斧使い。ディードは術を戦術の一つに加えてはいるが、基本的にはバロックと同じ接近戦を得意としている。

 相手の実力が分からない時点で比べるのも妙だが、闇の国でも上位に入るディードが苦戦するはずなどなかった。


「(相手は得物と防具。こちらは得物なし、防具なし……事前準備をさせなかったのは、どういうことだ?)」


 そう、彼が抱いた危惧こそが、唯一の懸案事項だった。

 ディードならば、術や体技で完全武装の相手を打ち破ることは可能である。ただ、それは良く知った相手、もしくは実力差が大きく離れている者に限られた。

元より、条理を外れた術者の戦いと違い、白兵戦では通常の理論が多く当てはまる。

武具の有無で有利不利が明確に決まり、多少の力量差では覆せない、大きなハンディキャップを背負った戦闘を行わざるを得なくなる。

ならば、当然ここは術を使って反撃──という当たり前な選択を取ると思われたのだが、彼は逆に装備なしの状態でバロックに特攻を仕掛けた。


「バロック! さっさと決めてお前も部隊長になれ! お前は部隊長候補の中では最も強い!」


 カッサードは観戦──もとい試合内容の評価をしながら、ディードと戦闘中のバロックに激励をする。


「私達は試験官だよ。できることなら、私情を挟むべきではないと思うね」


 試験官としての正論を浴びせたのは、彼の横で二人の戦闘記録を行っていたラゴスだった。


「自分の部下を応援するのは当たり前のことだ! そうとは思わないか?」


 あえて名前や役職は呼ばなかったが、カッサードはヘレンの顔を覗いている。


「別に」


 試合をみているのかどうかも分からない虚ろな瞳は、彼の方に向くこともなく、熱意のこもった言葉はそっけない返答により流された。

 思った通りつまらない反応だと、カッサードは二人の試合の方へと目を向ける。

 彼女の返答に悪態を付かない辺り、熱血ながらも部隊長としての節度は弁えているのだろう。


「(武装の用意、戦闘開始合図の情報……おそらく、バロックという男はなるべくして部隊長になるはずだった者のようだ)」


 本格的な戦闘が始まる僅かな間に、ディードはそう分析した。

 例外的に資格を得たことは彼も実感していており、このような部隊長になるはずだった者がいるというのも、おおよそ想定内ではあったらしい。


「(ならば、大番狂わせを見せてやろう……)」


 バロックの武装は、掌二個分の刃を持つハンドアクス。柄が長くないことからも、格闘武器とすら思えてしまう。

 この超が付く程のリーチのなさは、二人の衝突をほんの少しだが引き延ばした。

 武具の有利とばかりに、迷いない攻撃が放たれる。

 攻防において、これほどの差が生まれてしまえばどんな実力者でも油断するものだ。

 それ故に、彼が先制攻撃を放ったことは問題ではない。一つ問題があるとすれば、徒手空拳での、無謀にしかみえない突撃に警戒しなかったことか。

 ディードは斧により放たれる重い一撃を回避し、その流れのまま、肘打ちで斧の軌道を大きくずらした。

 予想外の反撃へ対応に追われ、混乱するかに思われたバロックだが、すぐさま再攻撃を行おうとする。

 不意打ちでも冷静さを失わない辺り、部隊長に推薦されるだけのことはあるのだろう。

 ただ、彼は斧の軌道が外されたことを過小評価していた。

 次の瞬間、自身の重い攻撃が仇となり、バロックの体勢は斧につられて崩される。

 一度の攻撃の成功程度では油断せず、攻撃後の硬直状態から無理やり体を動かし、反撃対策を打った。


「(……?)」


 しかし、彼の予測は外れ、バロックはそのまま転倒した。もちろん、反撃をすることはなかった。


「徒手空拳でカウンターとは……それに今の動き、お前の所の部下もなかなかやりおるわ!」


 カッサードはラゴスの肩を何度も叩きながら笑っていた。

 黙ったままのヘレンは底知れないが、ラゴスはディードの奇襲反撃を評価していたらしく、表情を綻ばせる。


「(おかしい、どうしてバロックは反撃してこなかった? それにわたしの返し、あれはかなり無理があったはずだ)」


 対戦相手のバロックの戦い方、さらには部隊長達が何を評価していたのかが、彼には理解できなかった。

 それでも接近戦はまずいことには気付き、ディードは重戦士が倒れている間に距離を取る。

 ディードの心がここにあらず、という様子を感じ取ったからなのか、バロックは立ちあがりながら挑発し始めた。


「このくらいで勝った気になるなよ」

「当たり前だ」


 彼が完全に立ち上がった瞬間、ディードの前方には完成された《魔導式》が出現する。


「《闇ノ十四番・闇刃(ダークエッジ)》」


 刃が生成され、僅かな《魔導式》の残りにより宙に浮いたままの状態で停滞した。

 さっさと引き取ってくれと言わんばかりに、《魔導式》は点滅の速度を早め、今にも消えそうになっている。

 だが、そんなことには一切気を止めず、ディードは対戦相手を睨みつけていた。

 すると、消えかけの《魔導式》が完全に消滅する。

 ただの時間切れではない。それを証拠に、刃は落下するのではなく、バロックに向かって発射されていた。


「(まだ時間が掛かるか……)」


 一連の流れに驚いたのは、感情が乏しく見えるヘレンだった。

 それまで、今にも眠り出しそうな目をしていた彼女だが、今は目を大きく見開いている。


「彼、術者ではないはず」

「そのはずだが……どうしたのかね?」


 ラゴスはディードの上司として答えた。

 だが、ヘレンには答えが分かっていた。何せ、試験官である三人にはディードとバロックの情報は渡されているのだから。

 分かっていてもなお、疑問を覚えた理由、それは間違いなくディードの術の使い方にある。

 人の手を介さぬ刃の発射。非常に簡単な技術にも思われるが、実はこの技、恐ろしく難しいのだ。

 それもそのはず、術というものは本来、決められた事象を該当の《魔導式》によって発生させる──事象再現技術なのだ。

 ただ、彼は事象の再現──刃の生成──に追加し、刃の発射という事象まで起こしている。これは異常事態なのだ。

 それは誰もできないというほどではない。

 それを出来る人間、そして百番台以上の上級術を使う者を、人は術者と呼ぶ。

 しかし、その術者と呼ばれている者の大半が術の使用に特化した者。両立している者など、数少ない。


「あんなことは誰でも出来るだろう!」


 無駄に大きな声でカッサードは言い、理由もなく二人の情報が載った資料に目をやった。

 その後、気まずくなったのか、ラゴスも続くように資料へと目を逃がす。

 特に反応することのない二人なのだが、術者でなければあれを術者以外がするということの異常性が理解できないのだ。

 何事も理解できなければ、その優劣などが見えてこないのと同じにように。

 高等技術によって発射された刃なのだが、通常の方法で投擲するよりも遅い為、バロックには容易に回避した。

 だが、ディードはその失敗は全く気にせず、次弾の発射用意を開始する。


「(《魔導式》の高速展開も、術の制御も……まだあれほどではないっ)」


 彼の頭の中には、白の姿やうっすらとぼやけて見える少女の姿が映っていた。

 おそらく、短期間に常軌を逸した者達の戦いを見たからこそ、強さの基準が狂っている。

 たとえば先程のバロックへの反撃対策。あれも記憶に残っていない人物との戦いの中で学び、盗み取った技術。

 なお、相手がそれをするだけの実力者ではなかったという点が、夢のように曖昧な記憶との相違点となっていたのだが。

 淡いイメージは次第に鮮明になっていく。人物像は靄のように不明瞭になっていき、術の発動状況などが明瞭になった。

 ほぼ完全な想像により、完成された《魔導式》が再度ディードの前に出現する。


「《闇ノ十四番・闇刃(ダークエッジ)》」


 第一撃目と比べ、何倍も速い速度で発動し、対象に向かって放たれた。

 根本的な速度が上昇したのか、回避行動など行う暇もなく、刃はバロック右肩へと刺さる。それと同時に、強い痛みが広がり、目の前の理解不能な現象で焦りが拡張された。


「先程もだが、《魔導式》を一瞬で……」

「トリックだ! トリックに違いない! でなければバロックが──」


 術に関しては門外漢らしく、カッサードとラゴスは驚愕を隠せずにいたのだが、術に詳しいヘレンは平然としている。


「地面」


 隊長二人組はディードの足元を見ると、そのトリックの正体を理解した。


「事前に展開した《魔導式》を通常展開位置へ送ったというのかね?」


 彼女は頷くと、二人の戦闘へと目を向ける。



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