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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
319/1603

7αγ

 ──時を同じく、カルマ騎士隊とトニーは……。


「てやーっ!」


 特に理由のないティアの掛け声と共に、鋭い飛び蹴りがトニーを襲う。


「攻撃中の隙が大きい」


 ヘビーモーションの飛び蹴りを回避できない程、トニーは鈍くはなかった。

 たった数歩だけ横に移動し、当身でティアを沈めようとする。


「エルズ!」

「分かってるよ! 《闇ノ四十番・栓抜(コルクオープナー)》」


 ティアの叫びと同時に、《魔導式》を展開し終えたエルズは術を発動させた。

 術名の詠唱の後、文字通り栓抜き型の刃が形成され、回転しながら目標へと迫っていく。

 弾道が変わらず、速度も維持したままの栓抜きを迎撃をすべきか、ティアにカウンターを浴びせるべきか、そんな逡巡はトニーの内部で瞬間的に処理された。


「(ティアの攻撃は既に回避出来ている。ならば、あの術を受ける方が厄介か)」


 着弾までに時間がないと気付き、トニーは手に導力を集約させると、迫る刃の到着を待つ。

 命中する寸前、導力で保護された指が螺旋の刃を摘み、圧し折る──と、同時に藍色の光の粒子となって散った。


「(術による攻撃では私を破れないと気付けないか……幻術空間の終盤では、神器の力を優先して使えるようになっていたようだが、癖にならなければ治ってしまう)」


 次に放たれるエルズの《魔導式》の傾向を調べ、再度迎撃を行うに際し、速やかに処理ができるように注視する。


「そろそろ、着地して攻撃を始める頃か」


 振り返った瞬間、ティアは回転しながら両手で着地し、逆立ちの状態から屈伸をするように蹴りを放った。


「(先程までとはキレが違う……これがエルズの決めた戦い方か)」


 彼はエルズの戦闘スタイルをようやく完全な意味で理解する。

 幻術空間内での戦いでは粗の多い戦闘様式だったが、ティアとの連携により、隙のない完成された戦術となっていた。

 闇の国を追われた彼女が選択した最善の手。近接最強とも謳われる《風の星》を支援し、その攻撃力を万全の状態にする。

 通常起こりえない出会いがあったからこそ成立した、合理的な戦法。


「(……杞憂か)」


 咄嗟に蹴りを避けることは不可能と考え、自身の肉体で一撃を受けた。

 破壊力でいえば、術が関与せずとも凶悪なティアの蹴り──それを直撃したトニーの体は、吹き飛ばされ、壁に激突した。


「なるほど、ここまでのようだな」トニーは平然と告げる。

「まだ戦いは……っ!」


 勝利しなくてはならないという強迫観念により、ティアの攻撃が致死に達しなかったことにも目が回らず、逃亡を認めようとしなかった。


「気付いていないのか? 先程から、ディードの魔力が著しく低下していることに」

「……ッ」


 戦いの中で意識を集中していた為か、主であるディードの魔力を一切気にしていなかった。

 ただ、感知した瞬間、彼の言葉に偽りなく、主が風前の灯といえる程に消耗していたことに気付く。


「勝負は終わったのだ。そして私の仕事も……」


 トニーは初めから、時間稼ぎをすることだけを自分の仕事としていた。

 ならば時間稼ぎをする理由──原因であるディードが戦闘不能になってしまえば、これ以上戦う必要がないというのも、至極当然な考え。

 唯一穴があるとすれば、この場に残っているティアとエルズが何かを仕出かすかもしれない、という部分を軽視──他者からすればそう見える──していることか。


「ならば通させてもらうわ」

「それはできない相談だ。君達には、この奥に行く権利がない」


 権利とは一体何なのだろうか、すぐさま言い返そうとしたエルズの口を押さえたのは、なんということかティアだった。


「ねぇエルズ……私が時間を稼ぐから、その間に抜けて」


 耳打ちするようにそう言うと、彼女は何気ない動作で壁から降りてきた吸血鬼に接近した。

 相手の油断を誘い、大きな打撃を与えるのだろうか……などと考えかけた瞬間、ティアは予想外の、そしてある意味予想通りの行動を取った。


「エルズを通すから、私があなたの相手をするよ」

「(えっ、えーっ! そ、それ言っちゃうの?)」


 ティアの真っ直ぐ過ぎる考えは、あっさりと作戦を自供するというとんでもない愚行を実行することとなった。

 それにはエルズのみならず、トニーもわけが分からなくなる。


「(フェイク……いや、本心か?)」


 言っていることこそおかしいが、彼女の顔は至って真面目。冗談にみえない少女を前に、真偽を確かめる術などは一切なかった。


「どちらかは分からぬが……進もうとするのであれば、ここで消させてもらう」


 凄まじいソニックブームが発生し、ティアは目に見えない一撃目に蹴りを放ち、相殺する。

 ただ、二発目については動作の不利もあり、目視できないままにティアは倒れた。


「さて、選択の時だ」


 動けずにいたエルズの姿を見ながら、トニーは懐に忍ばせた万能ナイフを取り出し、地面に倒れ込んだティアの首筋に軽く当てる。


「私は後方に全感知能力を向けている。前方に限れば、幻術をかけることは可能かもしれない」

「ティアを救うならば許す、奥に進むのであれば、容易にティアを殺せる……とでも言いたいの?」

「事実、そうだ」

「取引……好きな方を選べと?」

「違う、この娘を連れて帰れと命令しているのだ。交渉だと思っているのであれば、逆上せ上がるな」


 悔しそうな表情をしたエルズだったのだが、成功確率が限りなくゼロに近い賭けを行うには、親友(ティア)の命はあまりにも重過ぎた。

 トニーの瞳に、かつての戦友(ムーア)の面影──藍色とも紫色とも言える髪──が仮面で隠されていく光景が映り……二人の姿は消える。

 エルズが条件を呑み、撤退したのだろうと一安心し、その場に座りこんだ。


「(ムーア……私の心配は無用のものだった。エルズならば大丈夫だ)」


 二対一という有利な条件で負けた二人を、彼は評価している。

 それは自分が吸血鬼でなければ敗北していた、と理解していた為。

 ティアの攻撃は命中さえすれば、敵を一撃で戦闘不能にすることができる。その前提の戦略ならば、驚異的生命力の吸血鬼に通用しないのも、これまた当たり前だったのだ。

 ただ、もし万全の作戦で挑んでいたとして、勝利できたかどうかは──断じることはできない。

 そうして、戦争を阻止する為に動いた者達の戦いは敗北という形で幕を閉じ、その日の終わりを迎えた。


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