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二人の冒険者が足止めを行っている最中、ディードは無限に続くとすら錯覚するほどの道を、ただひたすらに疾走する。
家臣であり、妹のような存在でもあるエルズ。そして、彼女の仲間であるティアの身を案じながらも、自分の使命を成す為、振り返ることもなく駆ける。
足を止めず、息が荒くなっていくことにも気を留めずに……。
「あとどれだけ走ればいいんだ! 一刻も早くライムの元へ駆けつけなければならないというのにッ!」
使命感と同じように押し寄せるのは、焦燥感。
早く向かわなければ、早く助けなくては──そのような感覚は、無駄な感情すら引き連れていく。
失敗した時の光景、鮮血の血溜まりに倒れるライムの姿、もはやライムとすら認識できない姿に変わり果てたもの。急く足を鈍くするような光景が、幾度も無意識に流れていく。
長く続く道、蝋燭は等間隔に配置され、その消耗もほとんど変わらない。
いくら走っても無駄のように感じさせる、趣味の悪い道。侵入者への心理的攻撃ではないのかもしれないが、今この時、ディードに限ってはそう感じざるを得ない。
瞬間、空気の流れが変わる。ほぼ無風空間で走っていただけに、その変化はディードの目を覚まさせることとなった。
「もう少しだ……後少しで……」
空気の変化が示した通り、少し走った後に大きな部屋に到着した。
今度は先程のような少し開けた空間などではなく、正真正銘の大きな部屋。敢えていうならば、本当に何も置かれていない空間。
目に入るのは、他の部屋に繋がるであろう無数の扉、そして……。
「ライム、無事だったか」
「えぇ、どの扉に入ろうか迷っていたところですわ」
ライムが迂闊な行動を取らなかったことに一安心したディードなのだが、息切れを忘れるほどの大きな疑問が、彼の脳裏を巡った。
「(まて、この奥にはトニー以上の使い手……つまりこの組織のボスが居るはず。ならば、どうしてライムを襲わなかった? 一人になっていれば、巫女とはいえ戦いにはなるはず)」
「気になることがありまして?」
「いや──」
反応したライムに疑問を打ち明けようとした時、ディードは気付いてしう。ライムが以前、口にした言葉に、全ての真実が含まれていたことに。
『夢幻王は闇の国の王ですのよ? でしたら組織などではなく、上からの命令ということになると思いますわ』
『たしかにそうか……夢幻王ならば、組織などを経由させずとも軍の方針を変えることができる、か』
この会話をしていた時、ディードはライムの言葉に乗せられ、正論としか認識していなかった。
ただ、それが闇の国で影響力を持つ人間、という答えから遠ざける為の正論なのだとすれば……必然的に、答えは一つに絞られる。
導きだされた真実に従い、ディードは組織のボスである人間を睨んだ。この場でただ一人存在している者、つまりは闇の巫女ライム。
「その様子だと、気付いているみたいですわね。そうですわ……《イーヴィルエンター》、つまり、この組織のボスはわたくしですの」
確証と呼べるものは何もなかった。
とはいえ、ディードならば時間をかけることなく答えに辿り──そう悟り、ライムは正体を明かすことを決意したのだろう。
「何故君が? どうしてわたしに協力した?」
「……あなたに協力した理由はただ一つ、現状に疑問を抱いている者の性質を見切り、今後にそうした者が現れる可能性を断ち切る為ですの」
「本当は?」
「ただの暇つぶしですわ」
「だろうな」
ライムという少女が、自分に関与しない野望を持っていないのは、今までの言動からも察することができる。
「折角ですわ、これを読んで下さいまし」
投げられ、宙を舞いながら自身の前に到達した重石付きの紙切れを手に取り、ディードは内容を速読した。
隙を作らぬよう──ライムが不意打ちをしないと理解しながらも──警戒の意味も込めて。
「これは前に読んだ議事録か……」
戦争の実行について記されていたページ。その破り取られた一枚が、彼の受け取った紙の正体だった。
「これは……」
見たことがあるはずの内容……のはずだが、その中で一部だけが記憶に合致しない。
追加された細工などではなく、初めからそう書かれていたかのような──黒塗りが消えたパターンの議事録。
『ライムの発言、二年後に迫る解放戦争への準備として、軍備の増強と兵士の強化を実行』
黒塗りが三文字を隠していたことには、ディードも初めから気付いていた。
それが役職名ではなく、個人の名前だったのは完全に予想外だったらしく、ディードは唇を噛んだ。
「ライムが闇の巫女だと気付いていれば……最初から気付いていれば、あの時点で君が嘘を付く人間だと理解できていた──理解できていれば、このことを推理することもできたッ!」
「それは、事前にあなたの記憶を消させていただきましたの。ですから、気付けるはずもありませんわ」
「一体、いつ術を施した!」
ライムは小馬鹿にしたような顔をして笑い、ディードの横をすれ違うようにし、彼の背を指で小突く。
「闇の巫女は、国土内程度ならどこでも洗脳出来ますわ。人数もその規模に合わせて……言うまでもないと思いますが、国内の──それも、所在を知っている特定の人間の記憶消去ならば、お食事をしながらでも出来ますわ」
人間を遥かに越え、子供ながらに夢幻王に匹敵するほどの権力を持つ存在。
闇の国が──世界が、仮初の平和を獲得するに至るだけの力を保有する巫女の言葉ともなれば、疑いようもない。
「それにしても、あなたとの謎解きごっこは愉快でしたわ」




