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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
312/1603

 過去を振り返りながら戦っていたからか、トニーは二人に倒されていた。仮にも《風の星》を相手にしているのだから、そうなってもおかしくはない。

 敵を倒したと判断した二人はディードを追おとした──が、彼はまだ死亡していなかった。


「この国で不意打ちを警戒しないなど、愚の骨頂だ」


 トニーは瞬間的に体勢を整え直し、ティアを蹴り飛ばす。

 大人と子供の体格差、それだけでは推し量れない程の力により、ティアの体は天上に叩き付けられた。

 吸血鬼の驚異的な身体能力から放たれた、強力な蹴り。それこそ、ティアでなければ体が砕け散り、その肉片すら速度を増し、破壊力を獲得するほどの……。

 古からの恐怖を体現するかのような、人智を超えた力。


「ティアっ!」


 咄嗟にティアの姿を目で追ったエルズは、自身の判断ミスに気付いた。

 距離が近かったティアが倒されたならば、次には間違いなく自分に攻撃が放たれる。

 エルズが蹴りを受ければ、タダでは済まない──どころか、一撃でこの世を去ることになるだろう。


「術者が前に出るのは間違いだった……作戦の不備と注意不足、そして詰めの甘さが命取りだ」

「っくぅ……」


 何もせずに無抵抗で死を受け入れるほど、エルズは悲観的な考えを持ってはいない。

 この場で何をしてでも生き残り、ティアを助ける。それが彼女の闘志を燃え上がらせ、起死回生の一手を狙うという選択を選ばせるに至った。

 その動作は決して早くはなかった。何度も瞬きをし、なおかつ行動することのできるほどの時間。

 そんな大きな隙を生み出すのは自殺行為としか思えない。死の運命が絶対である以上、間違いというより、悪足掻きというべきか。

懐へと手を突っ込んだエルズは仮面を掴み取り、自身の顔へと装備する。

 髑髏の眼窩が藍色に輝き、それと同時にエルズとトニーの周囲には暗黒が広がった。

 完全な闇の中でも足場は存在していたらしく、二人は向かい合う。闇の中と表したのだが、両者は互いの存在、位置などを完全に把握していた。


「君にとって有利な空間かもしれないが、魔力で君の位置は特定出来る」

「…………」


 トニーは周囲を見渡すと、不敵な笑みを浮かべる。


「(懐かしい術だ……)」


 思考制御権の強制奪取──意識を支配することで、恰も存在していない空間の中にいるかのように感じさせる技。

 トニーは、そんな常識外れの技を行使できる人間を知っている。


「神器による仮想空間の現出……幻術空間か」

「そうよ、この空間の中ではエルズの戦闘能力は三倍、それ以外の者の戦闘の力は三分の一になるわ。さぁ……戦いましょう」


 非常に都合のいい、理不尽な空間。

 術者であるエルズがそうなるように幻術を使い、相手と自分の思考を書き換えているのだから、滅茶苦茶な法則で当たり前なのだが。


「九倍差の相手にも対応できるわけか……だが、その程度で足りるか?」

「(この顔……さっきの攻撃をみた限り──なんの仕掛けもなくあの結果にできたなんていうなら、確かに九倍でも勝てないっ……)」


 ティアはトニーとの戦いの最中、彼を人間ではないと告げていた。

 あのティアがそこまで言う相手ならば、自分との戦力差は二桁になっていてもおかしくはない、とエルズは考えている。


「どうした? 弱体化した私にすら恐れを覚えたか?」

「そんなことない!」


 虚勢を張りながらも、エルズはティアの復帰による逆転を信じ、命賭けの時間稼ぎを始めようとしていた。

 そんな様子を見ながら、トニーは自分の任された仕事を思い出しながらも、私情を挟む。


「(二人の《選ばれし三柱(トリニティア)》を相手にしているのだ、言い訳は立つだろう──近い血を持つ(よしみ)だ。お前の力、私が見極めてやろう)」


 今はなき友への餞として、彼が残した娘への──そして、後に血族を身篭るやもしれぬ存在への試練となった。倒すべき相手という、明確な目標を与える為に。


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