2γ
──それは、今から昔の……遠い出来事。
マナグライドの城下町にある一つの家。誰も住んでいないボロ屋の地下は、組織の拠点だった。
任務の為に召集された組織のメンバーが十数人集まった、ハリボテの家からは想像できない広さ──小広い講堂程度はある──の地下室の中で、二人は出会う。
「その剣……何故、それを持っている」
そう言ったのは、藍色とも紫色とも言える髪の男だった。
「…………関係ないだろう。組織内は慣れ合いを主としているわけではない……誰かと話したいのであれば、私以外にしてもらおうか」
今と全く外見の変わらないトニーは、剣に奇異の目を向ける男を厄介に思いながら、虚空を眺める。
彼の持つ剣、《二十二片の神器の一つ》、《消魂剣》。確かにそれは、武器には見えない上、奇妙な外見ではあった。
実戦の武器として使用するにしては刃も見えない。刀身どころか、切っ先から柄の先まで黒色をしている辺り、素人目には装飾としての剣に見えることだろう。
何より剣の大きさが一般的な兵装としての剣と比べ、一回りは小さい。片腕分の長さといえば、若干の印象は掴めるだろう。
「これに見覚えはあるか?」
トニーの前に立っている男性は、懐から髑髏のような仮面を取り出していた。
とてもいい趣味とはいえないデザインだが、この組織に入っている以上、どんな変わり者がいても驚くに値しない。トニーはそう考えていたので、平然としていた。
「その剣の意味を知らないと思える」男は言う。
「……悪いが、この剣については誰よりも良く知っている」
「ならば、この仮面についても知っているはずだ」
改めてそう言われると、トニーとしても仮面が特別なものなのかもしれないという探究心が働き、髑髏の仮面の全体を隈なく調べることとなる。
だが、どれだけ確認しようともそれはただの仮面。
悪趣味と思わせる形状であることを除けば、本当に一般的な仮面。見ただけでは、それ以外の評価は下されることはなかった。
しかし、トニーにはもう一つのなにかがうっすらと見え始めている。
「その仮面……どうやら私の剣に似た何かを持っているようだ」
「それはそうだろう。《二十二片の神器》という言葉に覚えは?」
「一応は知っている。だが興味がなかったのでな、この剣以外には知らない」
トニーの返答で納得したらしく、男は理解したような顔をした。
「なるほど、なるほど……」
「用がないならば、私は帰らせてもらう」
「いや、待て」
その場を立ち去ろうとした時、仮面の男はトニーを引き止める。
不思議なことに、今発せられた声は先程までとは違っていた。言葉に含ませていた威圧感のようなものが消えた、というべきか。
その変容に気付いたトニーが振り返った時、仮面の男の両手はトニーの両肩に置かれていた。
「この国に、私以外のホルダーがいたとは……申し遅れたな、私の名前はムーアだ。知っているとは思うが、つい数日前に組織に入ったばかりの新人だ」
仮面の男ことムーアが知っていると思うが、と言ったのには理由がある。
第一に、彼が組織に入った際に大々的な知らせが出された為。
第二に、彼が闇の国の諜報部隊の隊長であることが、それに付随して知らされていたからである。
ただの新人の登場であれば気にするまでもない話題だが、これが軍内部の幹部となれば気にしない者はそこまでいないのだ。
「……知らないな」
「思ったよりもひどい返答だ。……そういえば、名は何という?」
「私の名か? ……私はトニーという」
一瞬躊躇したトニーだったのだが、それは言うべきかを迷っただけではなく、相手への礼儀を示すべきかを思考した結果だろう。
「トニーか、いい名前だな」
そう言ってムーアは手を差し出した。
「すまない……私はそういうことを好かないのだ」とトニーは言う。
「数少ない同類だ、ここは仲良くしようではないか」
トニーの反応など気にすることもなく、ムーアは無理やり握手を行う。
「(何と言う強引な男だ──それより、ムーアはどうして、私に構おうとする)」
どうして構おうとするかについて、ムーアはきちんと伝えていた。同類だからという、曖昧ながらも両者間では十分通じる言い方で。
ただ、それでもムーアが納得していないということは、それ以外の要素で何かがあるのだろう。
「どうした、気乗りしないか?」
「何故……何故、私に話しかける? 入ったばかりだとはいえ、聞いたことくらいはあるだろう、組織には吸血鬼がいるという話を」
ムーアは唾を呑むと、確認を取った。
「それがトニーだと?」
トニーは肯定する。ムーアを追い払うという、ある意味良心からの行動で。
しかし、彼の思った通りにはならなかった。
「通りで、同類にしても変わった雰囲気を放っているわけだ」
「恐ろしくないのか?」
「……もし吸血鬼だろうとも、結局は同じ人間だ。多少は変わっている奴かもしれないが」
思いも寄らぬ返答に、トニーは驚愕を隠せずにいた。
今の今まで、そんなことを言った人間は一人すら居なかった。彼を吸血鬼だと知った人間の多くは一方的に恐れ、近寄ろうとせず、時に罵声を浴びせる程。
彼の心に生まれた驚愕の感情は、次第に笑いへと変わっていき、それまで仏頂面だったトニーは微笑を浮かべた。
「吸血鬼を同じ人間というか」
「私はそう思っている。でもなければ、こんな時代まで生きていないだろう?」
良くも悪くも、異物は世界の理により自然に淘汰されていく。
かつて存在していた伝説上の存在が消え去ったことも、それに起因しているのだ。
だが、それは絶対な法則というわけではなく、あくまでも常識的な理。出る杭が打たれていくかのように、世界は均等を求めるのだ。
ムーアはそれを特に実感しているらしく、今のような考えを持っている。
「本当に同じ人間だと思っているのであれば……おめでたい頭だ」
トニーは口角を上げると、僅かに牙を覗かせた。
「そんな物を見せようとも、私の考えは変わらないよ。同類の友などなかなか作れるものではないからな」
なんとも掴みどころのないムーアのペースに流され、気付いた時には既に友になったということが決定事項にされていた。




