火と水の姫
食料が尽きる寸前で水の国に到着し、俺は一安心していた。
ただ、ほとんど食っていないような生活だっただけに、はやく普通の食事を摂りたい。
適当な食堂に入り、食事を済ませる。冷えた飯ばかりだったことを考えると、値段が安かろうとも満足だ。
街を歩き、観光客のように文化的な建造物などを見て回った。早く戻ろうと思っても、足が向いてくれない。
ティアに勝つ方法、そんなものがあるだろうか。最後に殺す気で放っていたとして、本当に倒せていたか。
「善大王さん?」
序盤に肉体強化をし、近接戦をしながら《魔導式》を展開していくべきだったか。いや、下手に近づけば反撃は免れない。
「あのぅ……善大王さん、ですよね?」
「えっ、あっ……うん」
俺は咄嗟に肯定してしまった。善大王が呑気に観光しているなど、知られていいことではない。
「よかった。あの、どこかでお話できませんか?」
その幼女は、青い髪をしていた。本当に、青い髪。
髪の色は血の濃さを現しているという。平民であれば青と言えるのかも微妙な色も混じっているが、貴族らはその色と断定できるだけ濃い。
ただ、この子はその貴族らと比べても鮮やか。明確な青だ。
長く綺麗な髪。サファイアのような瞳。背はそこまで高くない。
着ている衣類などを見るに、貴族の娘あたりか……いや、このアホ毛。
「行きましょうか」
街中を歩きながら、俺は適当に話をしていた。この子の正体を探る目的はあったが、個人的にはこのまま宿屋で済ませたい、という考えが大部分を占めている。
「善大王さんには、色々なことを伝えたいと思いまして」
「色々……はっ、俺が教えてあげようか?」
「えっ」
柔らかい笑みを浮かべ、体へと手を伸ばそうとするが、その子の言葉を聞いて体が止まった。
「もう一回言ってくれ」
「巫女について、お教えします」
俺と少女は適当なベンチに目をつけ、座りこんだ。歩きながらでは真剣な話はできない。
「えっと、自己紹介からですね。わたしはシアン、水の巫女です」
「水の……」
「天や光、風にはもう会っていますよね。それと同じです」
その話を聞いて、俺は違和感を覚えた。
「ちょっと待ってくれ。なんでシアンはそれを知っているんだ?」
「フィアちゃんから聞いていますから。聞いた上で、教えてあげてほしいと頼まれたので」
フィア、その名前が出たのは二回目だ。
彼女の存在を知るはずもないティアが口に出した時、俺は何も言わなかった。負けたという感覚が強かったのもある。
「通信術式か?」
比較的《魔技》に近い術に、通信術式というものがある。遠く離れた人物に対しても発動でき、会話などを行えることからかなり重宝されていた。
「まぁ、そうですかね」
とすると、ほとんどの巫女が面識を持っている――ということか。なかなかに不思議な感じだ。
「本題に戻りますけど、わたし達巫女は人間を越えた力を持っています。それは……」
「ああ、実感済みだ」
「善大王さんがティアちゃんに負けたのも、仕方がありません。そういう意味でも、落ち込まないでください」
そんなこと、二度も言われなくても分かっている。
「巫女ってのは、一体何なんだ」
「世界を管理する為に神から力を与えられた存在、ですかね。本当は《星》と言うんですけど、巫女の方が通じやすいですよね」
「神から……というと、俺と同じなのか」
「善大王さんのそれとは少し違いますね。皇は後天的に力を得ていますが、わたし達は生まれつきその力を持っています。だからこそ、自分の手足のように使えるんですよ」
それで戦闘経験を上回ってくるなど、努力が馬鹿馬鹿しくなるな。
いや、しかし……シアンという子、なかなかに可愛い。いや、王族なのだから当たり前か。
今までずっと幼女との交わりを禁じてきた。相手は王族、手を出すべきではない、出すべきではないのだが。
正直言って、俺は迷っていた。少しくらいはシアンと遊んでいってもいいのではないか、と。
「――でして、巫女は……あの、聞いてくれていますか?」
「あっ、ああ……うん」
「本当ですか?」
明らかに疑われている。ここはどうにかして話を逸らさなければ。
「つんっ!」
「ひゃわぁぅ!」
アホ毛が気になり、指で突っついてみたが、シアンは変な声を漏らした。
もしかすると……。
もう一度突っつくと、また声をあげた。
「あっ、あの……やめてください……」
俺はすこし意地悪になっていた。シアンを苛めてみて、どうなるのかが見たくなる。
どうにも、このアホ毛は尻尾や触覚のようなものらしく、感覚が通じているらしい。さらに言えば、敏感なようだ。
「やめて……くだひゃい……」
テンションに任せてアホ毛を握った瞬間、シアンは腰を抜かしてしまった。
「あっ……ちょっとやりすぎた。ごめん」
シアンは泣いていた。ただ、泣いているだけではない。
「あー、服屋にでもいこう。代えを用意するよ」
「……はい」
シアンの手を握り、立ち上がらせようとした時、後方から何かが接近してきていることに気付いた。
「シアンちゃんに何しているのよぉおおおおおお」
予期せぬドロップキックが炸裂し、俺は地面に叩きつけられた。
「うーん、いい蹴りだね」
「なに言っているのよ! この変態!」
踏みつけられるが、悪い気はしなかった。
幼女の軽い体重で押されると、なんだかマッサージのような気がしてくる。
「なんなら、もっとしてもいいんだぜ?」
「げ……なによこいつ。シアンちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「でも、おもらししちゃっているし……この男に何かされたんじゃないの?」
俺は立ち上がり、蹴ってきた子をみた。
短めの赤いツインテール。釣り目で高飛車に見えるが、歴とした幼女だ。
これはこれでいいかもしれない。よし、シアンはやめてこの子とやろうか。
「やぁやぁ、君は何って名前なのかな? 俺は善大王って言うんだけど」
「善大……こいつが?」
自分の名前が知られている、そう気付いた時点で彼女の頭を再度改めた。
やはり、アホ毛が生えている。髪の赤さもかなり濃い――とすると、巫女か。
「善大王さん、この子は火の巫女のミネアちゃんです」
「だーろうと思ったよ。……っでも、それなら火の国にいるんじゃないのか?」
「あたしはシアンちゃんと遊ぶ為に来ているのよ! なにか文句ある?」
かなりツンケンしている。いや、そういう幼女もたまには悪くないな。むしろ、そういう幼女を落すのはそそられる。
「ミネアちゃんか、よろしく」
「誰が名前を呼んでいいって言ったのよ。それに、ちゃんって何よ。子供扱いしないで!」
「はは、子供扱いなんてしていないよ。俺はどんな子でもきっちりレディ扱いするタイプだから――っと、とりあえず服屋にいかないかな?」
ミネアは改めてシアンの姿を確認し、不服そうに頷いた。