1
ディード対トニーの決闘。しかし、目に映る限りはディードの一方的な攻撃にしかみえなかった。
彼の戦闘スタイルはヒットアンドアウェイ。攻撃を命中させた後には深い追いせず、後退して相手のリーチの範囲外に逃げる。
近接戦ではかなり安全な部類に入る戦い方だ。
ただ、両者とも飛び道具を封じた戦闘となると、このリーチ範囲外に逃げるという行為が非常に大きな意味を持ってくる。
現に、トニーは攻撃の回避を幾度も成功させる傍ら、攻撃は一度たりとも行えていなかった。
「(完全逃亡をせずに術も使わない。卑劣な手ではないが、面倒な手を使う男のようだ)」
トニーは自嘲していた。若造のいやらしい戦い方に翻弄されている自分に、そして本気で勝利を得ようとせず、相手を試そうとしてしまう悪癖に。
決闘相手に気兼ねせず、ディードは刺突による一撃を放った。
その鋭い攻撃は顔面に命中し、大きく仰け反ったトニーは完全に無防備となる。まさに追撃の好機……としか思えないこの状況で、ディードは後方に跳躍した。
「(やはり乗ってこないか)」
あえて攻撃を受け、追撃を誘発させようとしたトニーだが、その策は失敗に終わる。
彼ほどの実力者がそのような、ノーガード戦法を取らざるを得なくなったのは、紛れもなくディードの性質のせいだ。
吸血鬼としての高い身体能力から放たれる、近接でのインファイト。それこそが彼の強みであり、人間とは隔絶した能力を発揮できる条件。
相手が絶対に勝負に乗ってこないような、堅実な戦い方をしてくると、不可能ではないなりにかなり面倒な状況になる。
この形式が決着まで続くかと思われたが、トニーがその決定的予測を打ち破ろうと、予期せぬ手を選択した。
槍の穂先はトニーの顔面に向かう。だが、これは既に何回か行っている行動である為、見切ることは難しくなかった。
大きく体勢を落としながら回避すると、膝のバネでそのまま剣を振り上げた。
咄嗟の回避で仰け反ったディードだが、トニーの攻撃は続行されている。
まさに、人間とは根幹が違う存在。凄まじい速度での攻撃中だというのに、上半身の運動だけで突きのモーションに切り替えた。
剣の先端が頬に突き刺さった瞬間、ディードの防御行動が割り込まれ、槍と剣が衝突する。
「がッ……」
一瞬意識を失いかけたディードは寸での所で踏みとどまり、転倒をどうにか防いだ。
ただ、彼はトニーの予期せぬ攻撃で傷を負い、防御の際の余波で意識が朦朧としている。
「(っく……腕の骨がやられたか)」
トニーより放たれた攻撃は、彼が意図していたよりも重い威力だった。
「ここら辺で勝負を終えようか。君はいいセンスを持っていた。だが……不足が多い、そして若い」
形勢が傾けば、逆転するのは凄まじく困難となる。それは、ここまで有利にことを進めていたディードからすれば、分かりきっていたことだ。
理解した上で、彼は諦めるのではなく、今まさに起きた逆転劇をやり返すことで形勢をひっくり返そうとする。
「(それにしても、どうして奴は弱っていない? あれだけ一方的に防御や回避をしていれば、多少は消耗するはずだ……なのに、どうして)」
迷った瞬間、目の前にトニーが現れた。
眼前には、切っ先が迫っている。
「しまっ……」
反射的に目を閉じたディードは、己の死を覚悟した。
……しかし、彼の命の灯火は消えていない。まだ、生きている。
「ふー……まにあったぁ」
少女の声に驚き、ディードはゆっくりと瞳を開けた。
龍尾のような緑色の三つ編みが揺れ、自分よりも遥かに小さい少女がトニーの剣に蹴りを放っているという、明らかに異常な光景が視界に飛び込んでくる。
「お待たせしました、王子様っ!」




