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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
306/1603

藍と闇の交差(後編)

 石壁で整備された道を歩きながら、ディードは単独待機者の気配を察知していた。


「ここにいる、黒幕の魔力が感じ取れるようになってきた」

「あなたでは勝てないほどの魔力ですわね」

「だが、ある意味良い誤算だったと言える……白の仇討ちもできる」


 アジトの奥から感じる魔力、その魔力こそ炭坑で白を殺した者──トニーのものであることは明白である。


「勝算はありまして?」

「少なくとも、時間稼ぎ程度なら可能だ。……こういうことは頼みたくないが、ライムには俺がトニーと戦っている間に資料を見つけだして欲しい」


 楽しいことが大好きなライムが、資料探しなどという一番楽しくないことをするわけがない。

 分かってはいたが、彼はそれでもライムを巻き込まないように、この土壇場でも逃がそうとしていた。


「分かりましたわ。あなたがそこまで言うのであれば……」

「すまないな、こんな仕事を任せてしまって」

「わたくしも、勇気ある行動には敬意を持ちますわ」


 ライムが要求に応じる、これは彼にとって必要とされる一つの鍵であり、闇の国を救うという目的の為には最も重要なこと。

 そもそもディードはトニーに勝てるなどとは、僅かにも感じていない。

 力量の差を見誤るような弱者ではなければ、勝てるなどと思いあがる愚者でもなかった。

 全てを理解した上で、彼は圧倒的な力を持つ強敵に挑もうとしている。

 ただ、無謀としか思えない戦いを挑もうとしていたことは、ライムにも分かり切っていた。

 それでも彼女が止めなかったのは、ひとえにに国を救いたいという強い意志と、蛮勇を蛮勇たらしめない勇気への敬意なのだろう。

 二人は魔力の根元へと次第に近づいていく。

 トニーであれば、二人の接近に気付いていてもおかしくなかった。

 彼が気付いていながらも魔力を押さえていない理由はただ一つ、この場に近寄らせないようにする為。

 おとなしく帰ってもらえれば、それがもっとも望ましい──そんな感情が、この魔力からは読みとれていた。

 通路を抜けた先には小広い空間が広がっており、そこにはトニーが立っている。


「生の価値を知らぬ愚か者か」

「生の価値を知るからこそ、一つで救えれば安いと思っている。感情論なしの合理的考えの筈だ」


 向かい合ったディードとトニーは言葉を交わすと、《魔導式》の展開を開始した。

 静かに始まった戦い。ライムを通すとなれば、トニーの注意を奪わなければならない。

 それが如何に難しいかは、白とトニーの戦いで十分把握していたらしく、力押しという選択は地に投げ捨てた。

 闇属性使い同士の戦闘程、地味な戦いはない。

 地味とはいっても、術による事象の大小で地味かどうかを決めているだけ。

 攻撃を受ければ鮮血が吹き出し、苦しみ悶え、呻き声を発することになる辺りは。むしろ普通の術での戦いよりも血生臭いのかもしれない。

 攻撃系統の術の大半が武器召喚系であるからして、術者自身の戦闘センスの影響度は、他の属性以上だ。

 もちろんのこと、苦痛を与えられる位置や必殺の急所を狙い打つ知識と技術も、この勝負に関わってくる。


「《闇ノ四十番・栓抜(コルクオープナー)》」


 ディードが先制し、トニーの速度を上回って術を放った。

 しかし、小手先の術は通じないなどということは彼も承知している。

 藍色に輝く螺旋の刃は、発射時の速度を維持しながら、対象であるトニーへと放たれた。


「弾かせてもらう」


 瞬間的に攻撃を防ぐ為には、術以外を使わなければ間に合うことはない。

 だとすれば、武器で跳ね退ければいい……非常にシンプルな考えなのだが、それを実行させるのであれば、最良のタイミングで最大の攻撃を放つ必要があるのだ。

 自身の全身全霊での防御が必要だと考えれば、如何に難しいかが分かるだろう。

 トニーは腰に刺していた短めの黒い剣と、地面に突き刺さった鉄の剣を一瞥する。

 僅かな迷いもなく鉄製の剣を引き抜くと、接近する刃の迎撃態勢を整えた。

 ディードはというと、術の発動を終えた時点で放った術の行方など確認せず、《魔導式》の追加を開始している。

 剣で螺旋の刃を弾き落とそうとする寸前まで、トニーはディードの《魔導式》を確認していた。

 後続の術の特性を把握することさえ出来れば、追撃などを防ぎやすくなるからだ。

 逆に言えば、そんな確認作業を行う余剰は十分に存在しているということ。

 軽く振った剣が螺旋の刃に命中した瞬間、軋む音と同時に刃は光の粒子に崩され、大気に溶けていった。

 すぐさま追撃を行おうとするも、ディードの術発動が間近だと読んだ時点で足を止める。

 その時点で、トニーは気付いた。それまでディードの後ろに隠れていたはずの一人の少女がその場から消えていたことに。


「(奴に注意を払っていた時に逃げられたか。……組織についての資料なども、好き勝手に覗かれるというわけか)」


 ディードの攻めに隙が多かった理由はこれだったのか、と僅かながらに感じていた疑問が払拭されると、冷酷な感情をむき出しにする。


「情報をばら撒かれる前に殺してしまえば、同じことだ」

「ッ……。気付いていたのか」

「無論だ。しかし、君の策に踊らされたことは事実だ。止められなかったこともまた事実。君の力は認めよう」


 悪行をしている組織に加担している者、そんな者は全て悪人でしかない。そう思っていたディードからすれば、彼のこの言葉は意外だった。


「(トニーも誇りを持つ人間なのか? それならば何故こんな組織に……)」


 相手が誇り高い人間であることを知ったディードだが、新たに増えた情報のせいで、答えは再び霧に隠れる。

 何故、そんな人物が組織に加入しているのか──そんなことが気になって頭を離れようとしないようだ。


「どうしてこの組織に所属している?」

「復讐をする為だ」

「……この組織が戦争を起こそうとしていることは、知っているのか?」

「知っていてなお、私はこの組織に加担している。満足な答えは得られたか?」


 トニーは紛れもなく、組織の人間だった。それも末端などではない存在、幹部か首領。

 そんな人間が僅かな迷いすら覚えるわけもなく、もし迷いが生まれたとしても、組織を裏切るような真似はしない。それをディードは悟った。


「命一つで組織を潰そうとする。聡明、そして勇敢だ。君の次の目標は、さしずめ時間稼ぎといったところだろう? させるつもりはないが、多少は私を楽しませてくれ」

「悪いが、わたしは負けるつもりはない」


 何がおかしかったのか、トニーは突如として笑いだすと、展開していた《魔導式》を停止させる。


「クク……面白い。君の覚悟に免じ、術の使用は封じてやろう。そちらと同じ、武器での戦いに応じようではないか」

「(なるほど……組織の長にはなるべくしてなったというわけか)」


 有利な状態で相手に譲歩するというのは愚かでしかない。

 だが、自分の有利や勝利という要素よりも、誇りに対する敬意を怠らない辺り、よほど自分の実力に自身があるのだろう。


「分かった。その条件で決闘だ」


 時間稼ぎが主目的であるということは、既に気付かれている。

 だとすれば、この決闘は戦闘時間を遅延させるには丁度いいのだ。ディードはそんな都合など考えず、本気で勝とうとするので遅延を狙いに行かないかもしれないのだが。

 案外似ている部分が多い二人は、敵対する者同士ながらも通じ合っていた。

 もしも、組織が関与しない場で出会えたのであれば、気が合う者同士になれていたのかもしれない。

 武器を構えるトニーに応じるように、《魔導式》を解除すると、吊るしていた槍を構えた。

 決闘を始める前の礼儀はこれにて完了し、いつでも戦闘が始められるように構えを取った。


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