22
ふと冷静になったらしく、ディードは辺りを見渡す。
「それにしても、アジトを秘匿するのであればこんな所ではなく、もっと霧の濃い場所にすれば良かったのではないか?」
「……そこが読み違いだったのかもしれませんわね。組織の巨大さを想定していた為、森の内部は探していませんでしたが」
「つまり森の中に建物があると?」
「それは物理的に不可能ですわ。……だとすれば?」
「地下……? そうなると発見は不可能じゃないか?」
「あなたが先程言ってくれましたわね。人が居る場所ならば、水が必要だと」
秘匿性の上昇、生活生命線である水の確保、構成員を収容する面積、それらを満たす場所。
闇の国では全ての条件を満たそうとすれば、必然的に範囲は狭められる。
さらに、この地にアジトがあるという前提を固めてしまえば、その範囲はほぼ確定的となるのだ。
「(水源確保を考えるのであれば、海沿いの崖……いや、海水ならば飲料水への変換が困難だ。外部からの持ち込みとなれば、かなり目立ってしまう。図書館への持ちこみなど比ではない……そもそも、重量的にも保存的にも不可能か)」
一時拠点ならともかく、長期的に潜伏可能な拠点として扱うのであれば、必然的に水という要素は重要になってくる。
つまり、この水問題の答えこそがアジトの位置を直接的に示すのだ。
「湖畔……湖畔の水ならば、海水よりも使用が楽かもしれない。しかし、場所を知らなければ結局は同じ──」
「大規模な湖畔であれば、ある程度の位置を特定はできますわ」
「何? いろいろ知っているとは思ったが、位置特定などという技も使えたのか」
純粋に驚くディードに対し、ライムの反応は少し冷めている。
「いえ、地図に書いていますので」
「……そう、なのか」
ライムは古ぼけた地図をディードに見せると、湖畔と思われる部分を指でトントン、と叩いた。
「確かにそれらしいな」
「森への距離は……そこまででもありませんわ。あなたの考えがあっていれば、この付近にある筈ですわ」
既に一度誤った情報を与えた地図なのだが、湖畔という確定した土地の情報であれば誤る方が難しい。
ディードはこの場所にアジトがあると定め、出発した。
アジトに迫ると敵の襲撃も増えると考え、ディードは周囲に探知の《魔技》を使いながら歩いていた。
ディードは敵の察知に意識を集中し、アジト入口の発見をライムに任せて反撃の準備をしていた。
しかし、敵は一人たりとも現れない。物静かすぎる程の森を進み、予想以上にあっさりアジトの入り口を発見してしまった。
「この地面、砂のかかり方が妙ですわね」
「……そう言われると、確かにおかしいな。これが入口か」
こうして地下アジトへの扉を発見した二人は、地面に存在していた隠し扉を開けると、階段を下っていく。
暗い階段を歩きながら、ディードは再び違和感を覚えはじめていた。
「なぜ先程から敵が現れない? それどころか、魔力すら感じない……罠か、それとも蛻の殻なのか」
ディードの言葉を聞くと、ライムは口許を緩ませて笑う。
「あなたが敵と呼ぶ存在なら、他の場所で戦っているみたいですわ」
「他?」
「かなり遠い場所みたいですわね。数十人程の魔力が《マナグライド》とこの地の中間程の場所にありますわ……どうやら、そこで交戦しているみたいですの」
「中間? ……わたし達が通った場所とは違うのか?」
「違いますわね。組織として、わたくし達以上に厄介な相手が現れたのかもしれませんが、どちらにしても、都合がいい事態ですわ」
自分よりも厄介な人間とは一体何なのだろうか、という疑問が浮かぶと同時に、その者らより格下に認識されたことに少々の不満を覚えていた。
「資料の奪取という面で考えれば都合がいい……か。それにしても、白の言い分によるとわたし達以外に気付いている人間がいるとは思えないのだが……」
「組織が闇の国を裏から支配している以上、別のことで問題が起きた可能性はありますわね。同盟内の重要な組織が、今まさに潰されそうになっているのかもしれませんわ」
この場では確認のしようのないことなだけに、ディードが考え出すよりも先に、ライムが続けて発言した。
「そういうことを考えるのは、後でも構いませんわ」
「そう……だな」
口ではそう言ったのだが、ディードにはやはり気掛かりで仕方がないらしい。
一体何者が組織と交戦しているのか、ということが。




