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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
302/1603

21α

 人間性も実力も高い彼女は、国から直接依頼が来るほどの冒険者である。だからこそ、印蝋付きの手紙が送られることは、そこまで驚くほどでもなかった。


「マスター、これを持ってきたのはどんな人?」

「どうだったかな……たしか、茶髪の兄ちゃんだったかな……身形も良かったし、貴族だと思っていたが」

「その人って、この国の人とは違う雰囲気の人じゃないですか?」


 急ぎ足でカウンターに戻ったエルズは、間髪を入れずに二人の会話に割り込む。

 その割り込みに不満を抱く二人でもなく、ティアもマスターにそれに答えるように促した。


「確かに、ちっと雰囲気は違ったな。敬語を使ってるから弱腰に見えたが、隙がない。多くの冒険者を見てきた俺にはお見通しだよ」


 マスターの言った特徴のようなものを聞いた途端、予想通りの要素が含まれていたことに驚き、口を手で覆う。


「まさか白さんが……」

「エ……えーっと、あなたは知っているの?」


 パーカーの内から藍とも紫とも言える色の髪を覗かせ、エルズは頷いた。


「ティア、手紙を見てもいい?」

「いいよっ」


 特に何の躊躇いもせずに重要な書類を手渡したティアは、エルズが読み終えるのを静かに待つ。

 エルズはというと、封を開いてその手紙に目を通しているらしく、辺りで話している人の声など耳に入っていないかのような集中状態に入っていた。


「何か飲み物くーださーいなっ」

「はいはい……一応ここは酒場なんだがなぁ……」


 子供の冒険者など多いはずもなく、酒場には酒と混ぜて飲む為の果物ジュースとミルクしか存在していない。

 当然大した値段ではないので、酒場も稼ぎの内に入れているマスターとしてはあまり喜ばしいことではないのだ。


「あと豚耳! 豚耳も食べたい! ぶーたーみーみー」

「すぐ持っていくから急かさんでくれ」


 よほど早く豚耳が食べたいのか、ティアは見た目の通りに子供の我儘さを遺憾なく発揮している。

 そもそも、豚耳という選択自体がかなり渋いような気もするが。

 ティアの催促にも意味があったのだろう。彼女が注文した品は、エルズが手紙を読み折る前に到着した。


「わぁーい! 豚耳大好きー」


 彼女の感情に呼応するように、アホ毛がとれたて新鮮な魚のように激しく動き、喜びを表している。

 目の前に置かれた毛を焼かれ、茹でられた豚の耳の皮とのこと。

 酒のつまみとして用意されていたものだが、彼女のテーブルに置かれているのはジュース。無論、酒などは一切含まれていないものだ。

 はたして、彼女はこれで満足なのだろうか。

 そんな心配など関お構いなしに、彼女は目を輝かせながら豚耳をつまみ、ジュースを片手に時間を潰してエルズが手紙を読み終えるのを待った。


「……王子が?」


 エルズが呟くように言った途端、内容が気になったティアは椅子を寄せ、ほぼゼロ距離にまで顔を近づけてから手紙を覗きこむ。


「どうしたの?」

「えっと……説明が難しいからティアも読んでみて」


 自分の傍に寄っていたティアに手紙を渡すと、すぐにテーブルに伏した。

 その行動にも何かしらの意味があるのだろう。そして、その何かしらの意味が気になったとしても、あえて静かに放っておくのも大事だと、ティアは手紙を黙読し始めた。


 この手紙が誰かの手に渡っているのであれば、私は既に生きてはいないと思います。

 組織ではなく、無事に《放浪の渡り鳥》に届いていることを願って、ここに幾つかの情報を記します。

 嘘をついたわけではないのですが、あなたをこの国に呼ぶきっかけとなった依頼を出したのは私の差し金です。

 ですが、あの農民のお婆さんは私とは一切関与していないので、恨まないでください。

 そこまでしてあなたを呼び寄せた理由は、他でもありません──今この国には、大きな危機が訪れています。

 詳しい内容についてはここに書くことができないのですが、その危機に立ち向かおうとしている者が私の他にも、もう一人いるのです。

 あなたにはその人を助けてほしい。

 軍の第三部隊所属、名前はディードといいます。


「(──って、この人が王子って人なの?)」


 ティアは伏しているエルズの方を見ると、どうして彼女がそうしているのかを察した。

 先程の会話の中から判断出来たことで、最も重要な事実は一つ。

 それは、この手紙の送り主とエルズに接点があるということだ。つまり、伏している理由は知り合いを失ったから。


「その……ごめんね」

「いいの……闇の国はそういう国だから、こういうことになるかもしれないって……白さんも覚悟の内だったはずだから。エルズもパパとママに出会っていなかったら……」


 泣き出しそうな声をしていたのだが、唐突に黙り込ったかと思うとすぐ起き上がり、手で目を擦った。


「泣いている暇なんてないね。……ティアはもうその手紙、最後まで見た?」

「まだ最後までは見てないかな、今から見る所」


 手紙を読み進めても良いかを尋ね、許可が出されると、すぐさま再開して読み始める。


その青年が組織に逆らえば、間違いなく殺されます。

 ですが、彼は大いなる力を手に入れたとしても、違えることなく正しく使うことできる人になると……私は思っています。

 ですが、今の彼ではまだ何も成すことはできません。それでも、彼は言われても止まらないと思います。

 あなたには、そんな彼が満足する終わりへ迎えるように、手伝ってあげてほしいのです。

 地図は同封してあるので、その場に向かってください。

 ですが、この依頼には報酬は存在しません。さらに、命の保証もできませんから、受けたくないのであれば、この手紙を焼却して速やかに闇の国を抜けてください。


 あまりにも一方的で、あまりにも自分勝手。

 普通の冒険者であれば、こんな依頼など愚かしいと、指示通りに紙を燃やしてしまうところだろう。

 ただ、白はそうならない者を選別し、この地にまで呼び寄せたのだ。


「ティア……エルズは王子を助けないといけないから、行くね。それに、白さんには昔お世話になったから……断るわけには──」

「とーぜん、私も入ってるよねっ?」

「……お願いできる?」

「もーちろん! エルズ(・・・)と私の仲だからねっ……あっ」


 口より出た言霊は、急いで閉じたとしても舞い戻りはしない。

 だからこそ、発言をする時は注意をしなければならないのだ。特に言ってはいけないことがある時にはなおさら。

 己の過ちに気付いたティアは両手を使い、過剰な動作で口を覆った。


「ティア、もう気にしないでいいよ……ありがと。じゃあ早く行こ」

 エルズはティアのミスを気にすることもなく、それどころか自分について来てくれることに感謝し、礼を述べる。

 ティアはにっこりと笑うと、席を立ちあがった……が、見下ろした先には、未だあまり手の付けられていない豚耳がある。


「これ食べてからでもいい?」




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