20α
──ディードとライムの二人が組織のアジトに向かう少し前のこと。
《マナグライド》にある酒場──冒険者ギルド支部を兼ねている──には他国の人間と思わしき二人が来ていた。
扉を開け、話ながら入ってきた二人組を、酒場の人相の悪い男達が見つめる。
「星霊が暴れる時期って言ってたけど、普通に農作業しただけだったねっ!」
「闇の国には虫系の星霊が多いから、無事に済んで良かったと思うよ。ティアだったら腰を抜かすでしょ?」
「うー……そうかもー。それにしても、なんでそんなの買ったの?」
ティアが指差したのは、エルズが購入した動物の血液だった。
「えっ? あーこれね。動物の血はいろいろ使うから、念の為に買っておいただけ。この国の物は特に良いから」
「ふぅーん……あんまり私は好きじゃないなぁ、そういうの」
幼い少女が動物の血液を買ってご満悦など、どう考えても普通ではない。
というよりも、そんな物を見せられて気分が悪くならない方が異常と言うべきなのだが。
しかし、そんな当たり前の反応を受け、落ち込んでしまったかのように俯いた。
「そんなに落ち込まないで。私も悪かったから」
「一応自覚はしているけど、改めて言われると落ち込んじゃうだけ……うん、へいきへいき」
変わり者だと自覚するのはなかなか辛いものだが、エルズはそれでも弁えているらしい──自分の常識外れな面も含めて。
平然と話し、いざカウンターに腰掛けようとした時、酒場のマスターが眉を顰めて幾度も指を差してきた。
途端、灰色のローブを纏っていた二人はローブを着たまま酒場に入ってしまったことに気付き、外に出てから脱ぎ直して再度席に座る。
ティアはパーカーがないことを除けばいつもどおり……もう一人のエルズは、何故かティアのパーカーを羽織り、フードも深く被っていた。
「《放浪の渡り鳥》が規則を破るなんてことは前から聞いていたが、店のルールくらいは守ってほしい所だよ」
頭を抱え、困り果てた様子をした中年の男性。酒場の店主であり冒険者ギルド支部のマスターをしている彼こそがその声の主だった。
「うっかりだよ、うっかりー! あんまりこういうのを着ることがないから、つい忘れちゃうんだよー……それはそうとマスター、何か依頼来てない?」
言い訳をしながらも、ティアはきっちりと仕事の話を切り出す。
「んー……《放浪の渡り鳥》が受けると言うのであれば、どの依頼主も断らないだろうしな……そこに貼ってある依頼書から好きなのを選んでくれ」
「特に困っている人とかは? 私としてはそういう人を助けたいなって」
「《放浪の渡り鳥》は依頼を終えたばかりだろう。軽めな方がいいんじゃないか?」
「私は大丈夫。この国にはなかなか来られないから、来た時には出来る限り助けてあげたいんだっ!」
意気揚々と話すティアに対し、エルズは不満そうな視線を向けた。
「ティア……出来れば早くこの国を出たいんだけど」
「エル……あなたがそう言うならそうするねっ!」
何かを言おうとしたティアは途中で一度口を噤み、会話を続行した。彼女からしてみれば、言ってはいけないことだったのかもしれない。
「ありがと」
俯いたまま、小さく頭を下げると、エルズは先んじて酒場を出ようとした。
だが、マスターがティアを呼びとめた瞬間、彼女も足を止める。
「私はもう別の国に向かうけど、急ぎの用事?」
「まー急ぎのようなものだ。というよりも、手紙だから俺も詳しくは知らないんだ」
マスターから手渡された手紙を受け取ると、ティアは隈なく調べ始めた。
差出人は不明、宛先にはティアと書かれている。
普通に考えれば悪戯や悪質な嫌がらせにも思えるのだが、封に押されている封蝋には闇の国の印璽があった。
「(国からの依頼? 他の国では何度か受けたことがあるけど……なんで名前が書いてないんだろ?)」




