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扉は勢いよく開け放たれた。これほどの音を部屋中に響かせることにより、もし誰かが居たとしても、一瞬の隙を作ることができる。
敵陣に突っ込むのであれば、中々良い策だ。
入り口が開いた後、それに反応する声は一つとして確認されない。そもそも、そのアジトと思われていた部屋は非常に粗の多い、適当な所だったのだ。
明かりは蝋燭、地面に敷かれている敷物も何処かの屋敷で使われ、廃棄されたものようにボロボロと、炭鉱と同じく長い年月管理されていないような惨状である。
部屋の中を歩き回りながら、隠れられそうな場所を全て当たり、ディードは綿の抜けたソファーに座りこんだ。
「……誰もいないな」
「その様ですわね」
ちょこん、とディードの前に立ったライムは残念そうな顔をせずに、彼の横に座りこむ。
「この様子だと、アジトではなかったみたいだな……」
「しかしここが使われていたのは確かですわ。なら──」
「盗人のように物色をしろというのか?」
「何もせずに帰りたいのであれば、それでも構いませんわ」
この場での捜索活動がどれほど重要であるかは、ディード自身も深く理解している。
それであっても、彼の身に染みついた考えが、盗みなどという低俗な行動を認めようとしないのだ。
そもそも、彼は不意打ちや脅しなどの行為を心底嫌っていたにもかかわらず、ここまで幾度となく使っている。
だが、それは国の危機を救う為であり、その大義名分を掲げることで嫌悪感を封じていたのだ。
「…………」
決めかねるディードを見かね、ライムは一人で物色を開始する。
ディードはソファーに座り、ライムが飽きるまで待とうとしていた。
どこまで堕落しようとも盗みなどは許されない。そう思い込んでいた彼なのだが、ライムの姿をしばらく見ていると考えが少しばかり変わっていた。
「(ライムも闇の巫女であるのであればこのようなことはしたくないはずだ……そもそも少女一人に罪を被せるなど、男のやることではない)」
ディードの中の優先順位度として、盗みへの嫌悪感すら帳消しにするような教えがある。
それは、師匠ムーアから最も重要と言われた、女性は守るべき存在である、という言葉だった。
「わたしも探そう」
組織に繋がる証拠探し始めたディードを一瞥したライムは、物色を続けながら返答した。
「わたくしはただ、面白い物が落ちていないかを探しているだけですわ。探したいのであればお一人でどうぞ」
「分かった」
そろそろ慣れてきたとばかりに軽く流し、ディードは古びた本の頁をめくりながら彼女のことを考え出す。
「(わたしがライムのことを理解しはじめているように、ライムもわたしのことを分かり──それで誘導したのか?)」
無自覚なのか、それとも狙ってやったのか、その真偽は定かではないが、彼女はディードを導く立派なパートナーになっていたことは間違いなかった。
そうして二人掛りでの捜索活動の結果、敷物の下で破れそうになっていた古い紙を発見する。
とはいえども、この紙一枚を見つけるまでに全ての場所を探し尽くしたのは、言うまでもないだろう。
「地図みたいだが、この明らかにアジトがある場所が指示されているバツ印は何なのだろうか」
「宝の地図ではないと思いますわ。……この劣化具合は、環境の悪さが原因ではなく、随分前に作られたものということが表れていますわね」
「ん? ということは、当時アジトの場所を書いた愚か者が居たとでも?」
どう考えてもありえないのだが、それしか選択肢がないと頭を悩ませながら、ライムは頷いた。
「トニーや白のような使い手が居る組織だと思ったのだが……時代の違いでここまでなるのか」
全て言い終わった後、ディードはハッとなった。
ライムは今の今まで、白の話題を出してこなかった。
それは死を認識する寸前に無意識下の精神が彼女の心を閉じた──もしくはその記憶を消したか──と彼は思っていた為、そこまで気にしていなかった。
しかし、ここで白の話をしてしまえば、何故いないのかという疑問は自然に浮かび上がってくる。
「ライム……」
「なんですの?」
「……? いや、なんでもない」
白の話を聞ききながらも驚く様子どころか、反応すらしないライムの様子に首を傾げ、ディードは地図の話へと戻った。
「それにしてもアジトがある場所……今の地図では森ではなかったか?」
「そうですわね。大昔から伐採すら行われない保護地域として扱われていたみたいですわ」
「保護? ……大昔の善大王が闇の国に干渉したのか?」
「何分大昔のことですし、幾つかの説が出ているだけで信憑性には欠けますわね」
ライムに聞けば答えが返ってくるのであろう、と流し気味に聞いていたディードは意外そうな顔をする。
「ライムにも知らないことがあったのか」
「むぅ……わたくしは何でも知っているわけではありませんの。どこかの年中読書娘とは違いますわ」
頬を膨らませ、不機嫌そうな声で言うと、ライムは顔を背けた。
「意外と女の子らしい反応もするのだな」
「…………」
本当に怒っているらしく、ディードが冗談のように発した言葉にも反応せず、そのまま黙っていた。
「怒らせたのであれば謝る。この通りだ」
深き沈黙と、僅か前に見せた表情から本気で怒っているのだと汲み取り、ディードは頭を下げて言う。
それまで彼の顔を見ようともしなかった彼女も、彼の謝罪の意を強く感じ、一度限りの過地と認めて手打ちにすることを決定した。
「そこまでするのであれば許して差し上げますわ」
「それは良かった。今から敵地に向かうというのに、仲違いしたままでは良くないからな」
謝るべき時にはすぐに謝る点は、彼の美徳でもある。ただ、ライムからしてみれば面白くもない反応だったようで、あっさりと手打ちを決めたようだ。
彼女は別に本気で怒っていたわけではなかったのだ。そして、ディードの読みどおり、どれだけやっても愉快な返答がないと学習している。
「では行こう」
「えぇ……言っておきますが──」
「分かっている。君に手は借りない」
「……なら、問題はありませんわ。よくわかっているようで安心しましたわ」
度々傲慢な態度をしていたライムなのだが、その表情は不機嫌──もっというと悲しそうな顔でもあった。
ディードは頭を抱えると、仕方なさそうにライムの手を握る。
「……わたしが困った時は助けてくれ」
そう言うと、ライムは挑発するような妖しい笑いを浮かべ、彼の手の甲に口づけを交わした。
「考えておきますわ」
無事仲直りを終えた二人は最終決戦の場を目指し、炭鉱を後にした。




