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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
299/1603

19

 敗北するとしても──その敗北が死に直結するとしても、助けることは出来なかった。

 助けたとしても、命を長らえたとしても、白の誇りは失われる。ディードにとって、それが死ぬことよりも不名誉であるということは明白だった。

 炎は迫る。避けようにも、範囲が広すぎる為に回避などは不可能。反撃を封じ、回避すら行わせないというトニーの策。

 白は敗北を悟っていた。藍色の炎により、自分が殺されることにも。

 高位の術ともなれば当たれば一撃、遺骸すら残らない。呻き声すらなく、白は消えた。

 ディードは一度だけ白の居た場所を見た後、トニーの方を向き、構える。

 涙は流さなかった。彼自身、悲しみに暮れている場合ではないと深く理解していたからだ。そして、最後まで戦い抜いた白を憐れむことは、侮辱となると考えたから。


「白への手向けはお前だ……あいつの誇りに賭けて、絶対にお前を倒す」


 今の壮絶な戦いの中でトニーの圧倒的実力を知りながらも、ディードは戦う覚悟を決めていた。

国に迫る危機に対処すべく、強大な存在に抗った誇り高き者として──仲間として、白の仇討ちをせずには居られなかったのだ。


「……残念ながら君と戦う理由がない。ここまで荒らされてしまった後では、もう取引には使えないからな。ここの戦い、君の勝ちだ。勝利を譲ってやろう」

「ならばどうして白を殺した」

「彼は組織の裏切り者だった。だからこそ、生かしてはおけなかった」

「組織を知る者を生かしておくつもりか?」

「勘違いしないでほしい。私としても、今君と戦えばタダでは済まないと評価しているのだ。誇りも大切だが、私は命が大切なのでな」


 ダメージなど微塵も感じさせない話し方をしているトニー。

 しかし、彼もまた白との戦いで著しく消耗し、ディードとは戦えない状態に至っている。

 いや……正しくは、何かしらを犠牲にしなければ勝利(・・)できなくなっている、というだけか。


「組織には関わるな。それだけは言っておこう……さらばだ」

「待て!」


 制止の言葉など聞くはずもなく、トニーは《魔技》によって生み出した暗き闇の中へと消えていった。

 魔力の消失を感じ、トニーがこの付近には居ないことを察し、闇雲に捜索するような手は打たずにライムがいるはずの場所を確認する。


「(きちんと隠れていてくれれば、あの場に置いておく方が無難か……それにライムのことだ、状況を考え、わたしが来るまでは隠れているはずだ)」


 彼はそう決めつけ、炭鉱へと突入しようとする。

 そのはずだったのだが、どうしてか彼の足はライムの居る場所へと向かっていた。

 彼なりにライムを高く評価しているのだが、それでも彼女は少女である。

 だからこそ、先の戦いを見ていた可能性──人の死をその瞳に写している可能性──を考えるに、放置もできなかったのだろう。

 ライムが隠れているはずの場所に到着したディードの目に入ったのは、予期せぬ彼女の姿だった。


「(気絶……こうなるかもしれないとは思っていたが、やはりライムも普通の少女だったということか)」


 度々見せる、子供ならざる態度をしていたライムを無感情、もしくは肝が据わった少女だと思っていたのだ。

 その少女の気を失っている姿を見たからには、今まで抱いていた彼女への印象を変えるべきか、という思考が彼の頭の中に過ぎる。

 ディードは何かを言うわけでもなく、ライムを背負って炭鉱に入った。

 暗い炭鉱の中、本日の取引の為に用意された蝋燭だけが道を照らし、危険だが転倒はしないという程度にはなっている。

 ふと足元を見ると、錆つき、ところどころ破損しているトロッコの線路が存在していた。

 それは、この炭鉱の歴史、この場所がしばらく使われていないことを如実に表している。


「(本当にこんな所がアジトなのか? だが、トニーのような使い手が来ていた以上、おそらく偽物ではないはずだ)」


 何も見つからずに不安になり始めていた頃、ようやく組織に関すると思われる物品を発見した。


「この木箱は先程運び出されていた物と同じ……全て外に出せたわけではないようだな」


 木箱の発見、それはすなわち目的地が間近に迫っていることを示している。


「まだ誰かが残っているか……?」

「残っていないと思いますわ」


 背後から聞こえてきた声に驚き、ディードは大きく仰け反ってしまった。


「揺れるのでやめてくださいまし?」

「あ……ライム起きていたのか」

「今起きたところですわ。それにしても、ここは?」


 白のことを聞かずに場所から聞くのは何故か、と疑問に思うディード。

 ただ、目が覚めた直後にこの暗闇や、彼に背負われている事実に気付いたのであれば、この質問が先に出てもおかしくはない。

 とりあえずは納得と、ディードは咳払いをしてから説明をしはじめた。


「炭鉱の中だ。もうそろそろ、アジトが見つかるかもしれない」

「……降ろしてくださいまし」

「ライムも子供なら甘えても良い」

「…………では、お言葉に甘えて」


 この年頃の娘は子供扱いされることを極端に嫌うのだが、どうもライムにはそういった嫌いはない模様。

 僅かに生まれた沈黙も、甘えていいのだろうか、という迷いから来たものかと考えてそのまま進んだ。

 それからまた少し往くと、異質な存在が発見される。

 通路の安全を確保する為に用意されたと思われる古びた石壁。

 その周囲の壁とは一切交わろうとしない、明らかに年代の新しい壁には、これまた近年に作られたと思われる鉄製の扉が存在していた。


「ここがアジトか」

「それにしては人の気配がありませんわね」

「……先の戦いで殲滅したわけでもなさそうだ」


 警戒しながらも、内部からは魔力の反応は一切感じ取れなかったようで、飛び込んでも何も起きないのだろうと判断したディードはライムの背を軽く叩く。


「内部から魔力は感じるか?」

「いえ? わたくしが言うのですから間違いありません」


 絶対的な自信を持っているライムの言葉には、具体性はなくとも事実だろう、と思わせる説得力があった。


「よし、では行くぞ」

「降ろさなくてよろしくて?」

「…………」


 ディードは黙ってライムを降ろすと、再度構え直す。


「では行くぞ」

「はい」


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