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不敵に笑う白を睨みながら、《魔導式》の展開を続行するトニー。こうしている間も、トニーは白の戦術を分析していた。
「(先程の術の連打……不可解な回避、高速展開にしてはあまりにも早すぎる。回避になればさらに理解不能……)」
彼らは組織の仲間だ。だが、互いの手札などはほとんど知らない。
それもそのはずだ。戦いを主とする彼らにとって戦闘の技術、そして自分の戦闘スタイルなどが知られることは必然的に、自分の力を弱めることに繋がるのだから。
「(特定行動を行うことによって発動する《魔技》か?)」
日常的な動作、戦闘最中の動作、それを手順と見せずに行うということは不可能ではない。現に、高速展開と呼ばれる瞬間的な《魔導式》の展開を使う者は少なからず存在しているのだ。
それを分かっていてもなお、トニーは推測とは違うようにも感じている。少なくとも、高速展開以上の何かを使っている、という程度までしか測りきれなかったようだが。
「中級術程度ならばこの状態──呪いを解除しながらでも、避けて見せますよ」
「挑発か? ……正々堂々などという言葉は好まないが、特別に上級術を使ってやる。君が呪いを解除するのが先か、はたまた私が先に術を放つか、公平な勝負だろう」
あえて挑発を受けながら、正々堂々、公平などの言葉を使って白に挑発し返していた。
「良いでしょう」
呪いの解除に集中した隙を狙われる、という危険性を孕んだ勝負。本当に中級術までを回避できるのであれば、こんな誘いに乗る利点などあるはずもない。
そう思われていたのだが、遠目に見ているディードにはその選択の意味が掴めていた。
「(足元に見える黄色の光……白は反撃を狙っているのか。おそらく、白はトニーの術が発動した瞬間にでも呪いを解ければ良いと思っているはず……そうすれば術を回避し、さらに反撃を行うことができる。危険な賭けだが、失敗する可能性は少ない奇策か)」
失敗する可能性は少ない。普通に考えればこれほど素晴らしい作戦はないのだろう、と思ってしまいがちだ。
ただ、僅かな割合で存在している失敗を引いてしまった場合は、容赦なく死という運命が待っている。それを考慮に入れ、この作戦を決行できる者はそう多くはないだろう。
策を弄すことはあっても、互いに準備の最中で妨害を行わず、戦いの瞬間までは一時の静寂が生まれた。
「何故ボスに逆らう? 君程の実力者であれば、地位を揺るがされるようなことはないはずだが」
「逆ですよ。私はこの組織に居る限り、頂点には立てません。男ならば誰もが持つ、頂への渇望……トニーさんにはないのですか?」
二人は会話などを行っても影響を及ぼさない使い手の為、何も起きないこの時間に最後となる話を始める。
それに何の他意もない辺り、時間つぶしにも近いことなのだろう。
「私のような者に他の居場所はない」
「それはどうでしょうか? 私は光属性の使い手ですが、闇の国に居ます。血の定めなど関係ありませんよ」
「血の定めか……」
その意味を理解しながらも、トニーはそれ以上、何もいうことはなかった。
何故ならば、もう彼が展開していた《魔導式》は完成していたから。
「《闇ノ百十一番・黒火炎》」
術名の詠唱をした瞬間、トニーの後方には巨大な闇の力場が形成されていた。
「君の方は間に合わなかったようだ……この勝負、私の勝ちだ」
背後に生み出されていた闇の力場は周囲に存在する僅かな光すらも飲み込み、螺旋のような集約行動を開始する。
闇は圧縮されていき、藍色のスパークを放ちながら炎の性質へと変化していった。
黒き炎は次第に藍色へと変色し、主として存在していた黒き闇は炎の縁取りだけに留まり、藍色の炎となる。
「(あの術か……精神干渉系の闇属性の中では異質な術だ。攻撃性についても、火属性の中級にも劣る術のはず。どうしてこの場で選んだ?)」
ディードは闇属性の使い手だからこそ、トニーの術の選択に疑問を抱いていた。
闇属性の術において、攻撃系統の術は大抵が低火力であることは確定的である。
特に、この術の威力は全属性の上級術中、かなり低い部分に当てはまるはずの術なのだ。
闇が全て炎へと変化した後、トニーはすぐに攻撃行動に移ろうとせず、白の顔を見る。
「先程の言葉……君は何を知っている」
「あなたの場合、二つの意味に取れるから気になるのですか?」
「なるほど、全てお見通しというわけか。誰に聞いたかは知らないが、私はその事情に踏み込まれるのが最も許せないのだ」
それまで冷えた鉄のように、感情の起伏を感じ取れない表情をしていたトニー。
しかし、白の発言が逆鱗に触れることとなり、激しい怒りの感情が見て取れる程となった。
その憤怒が引き金となったのだろう、攻撃性を潜めていた藍色の炎は全てを焼き尽くさんばかりの業火となり、その場に臥している白へと向かって放たれる。
「(間に合いませんか……ですが、妨害程度はさせていただきますよ)」
間に合わないことは承知の上、白の策はこうなることを見込んで組み立てられていたのだ。足元で準備をしていた《魔導式》は既に完成している。
強大な熱量を放ちながら迫る炎を前に、術は発動された。
「《光ノ八十番・光矢》」
生み出された黄色光は矢の如く、鋭さを増しながら炎へと向かう。
しかし、この反撃が既に意味を成していないことは白も分かっていたのだ。
トニーの戦略は一歩先を行っている。火力のみを特化すれば他にも良い術があったにもかかわらず、それであってもこの術を選択した理由──それはこの一撃で勝負を決める為だった。
「隠し玉として術を用意したのは感心する。だが、魔力の発生を押さえていない以上、視覚的に隠せているだけにすぎない。術の程度が知れれば対策も練れる」
黄色の光矢と藍色の炎、中級術と上級術、いくら他より劣るとはいえ、光属性の中級術ともなれば敵ではない。
「(光属性も闇属性程ではないにしても威力は低い! このままでは白は……)」
白の危機を前に、二人の戦いへと割りこもうとしたディードだが、寸前で足を止めた。
一対一の決闘、そして白のケジメという言葉を思い出し、そこで思い留まる。
「(決闘を妨害されることは最大の恥だ。白もそのことを考え……ならば最後まで見届けるのがわたしの役目か)」
ディードの動きに気付いていた白は笑みを浮かべると、口を開いた。
「……ありがとうございます」




