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「危ないですよ」
「危ない、そうだな。だが、君はどうも嘘をつくのが苦手なようだ。私には、君が組織を裏切ろうとしていることが分かる」
「……嘘だと分かるなら、どう言い繕っても無駄ですね。はい、その通りです。私は戦争を起こそうとすることには最初から反対でした。そんなことをした後に残るのは、瓦礫と化した街と敗北したという決定的事実だけですよ」
騙し通せる可能性が万に一つあるかもしれないトニーの問いに対し、本当のことを告げたのはいうまでもなく、答えを明かすと見せかけてディードに言葉を伝える為だ。
「(どういうことだ? 白は初めから本当のことを言っていたということか?)」
「組織に逆らうつもりか?」
「戦争を止める為……ボスを守る為にはそうしなければなりません。それによってボスに恨まれようとも、組織に追われようとも構わないと思っています」
「裏切り者には死を……分かっているな」
「分かっていますよ。ですが、黒以外ならば負ける気はしません」
両者の戦闘宣言の後、二人の魔力は劇的に上昇していく。意図的に押さえられていたのか、その二人が放つ魔力量は、通常の使い手とは比較にならない程に高かった。
「(一対一の戦いならば互角か……だが、わたしが白に加勢すれば勝てるかもしれない)」
トニーに向かい合う白の横に立つと、ディードは構える。
「白、わたしは今の言葉を信じる……共に戦おう」
「いえ、ディードさんは手を出さないでください。分かるでしょう? 私はケジメを付けなければなりません」
ディードは学問を学んでいるが故、論理的な思考をすることはできる。
ただ、それでも彼は本質的に合理主義者ではないのだ。善大王とは違い、血の通った人の目線から解決策を探る人間。
そしてなにより、ディードは騎士道を重んじている。そんな彼が、白の面子に泥を塗るような真似をするはずがなかった。
「……分かった。だが、負けるな」
戦闘が始まると読み、ディードは二人から距離を取る。トニーも一体一の対決が目的らしく、彼に追撃するような真似はしなかった。
しかし、その理由はすぐに明らかになる──その戦いが異様さを孕み、純粋な恐怖を彼に与えたことで。
その恐怖はトニーにのみならず、白にも当てはまることだった。
白は予想通りか、光属性の術を使っていたのだが、術の発動があまりにも早すぎる。
今、白は《魔導式》の展開などを瞬時で終わらせ、術を発動させた。
文字を書き込む速度とは明らかに違う、一瞬で《魔導式》が表示されたかのような展開。そんな技術の使い手をディードは知らなかったのだ。
驚愕に値するのは、白に限ったことではないのは言うまでもない。
そんな怒涛のように放たれる術の対象となりながら、未だに地に臥すことなく戦っているトニーも白に同等、もしくはそれ以上に人間離れの技をやってのけているのだ。
弾幕の如く、隙間なく飛び交う光弾を攻撃用の術で弾き、隙間を生み出せば回避していく。
これは、光弾に反応する驚異的な反射神経、それに対応する運動神経を持ち合わせなければできないことだ。
「(軍にも、あれほどの実力者はいない……おそらく、部隊長よりも遥かに上だ)」
戦いぶりに息を飲むディードだが、同時にもう一つの感想を抱く。
「(白のあの様子……遊んでいるとでも言うのか?)」
凄まじい戦いの中、白の表情からは余裕が感じられた。逆にトニーの方は焦る一方、止むことなき術の連打により、体力が大幅に削られている。
疲弊するトニーの様子を見た白は攻撃を中断すると、一歩ずつ近づきながら、トニーへと語りかけた。
「見逃してくれませんか?」
「君がここまでの使い手だったとは……ボスが買っていた理由も分かる」
「私はまだまだ本気を出していませんが? それに、トニーさんはこんな所で死んでいい人ではありませんよ。きっと、まだまだやることがたくさんあります」
「君との戦いで死ぬつもりはない」
「私も殺す気はありませんから」
白の言葉は冗談などではなかった。この実力差、彼が本気を出していないのが事実であれば、生殺を決めることは容易だろう。
「先程も気付かなかったな。私がこの付近に来ていたことを」
「はい? ……っ!」
何かに気付いた時には既に手遅れだった。白は地面に倒れ込むと、左胸を押さえて苦しみ始めた。
「があァっ……の、呪いですか。いやぁ、妙にトニーさんが弱かったわけですね……こんな呪い、私じゃなかったら即死でしたよ」
この発言は傲慢かもしれないが、彼の押さえている左胸の位置を確認すると、そうではないことが明らかとなった。
「(使用者を蝕む呪いを抑えているのか? いや、打ちこまれた《魔導式》を崩しているのか?)」
痛みに悶えながらも、逆転の一手を狙っているのであろう白は一時的な痛覚遮断などではなく、解呪を行うことで不意を突こうとしている。
「呪いを解こうとしているようだな。だが、戦闘中に解除しようとするのは良くない、よほどの実力差がない限りは特に」
呪いの解除には並々ならぬ集中力と技術、そして痛みに耐えながら行うだけの、圧倒的な忍耐力を必要とする。
何より大切なのは時間。解除中に攻撃されてしまえば回避などは難しい、逆に解除を中断してしまえばさらに悪化する可能性すらある。
身動きの取れない白に気兼ねすることなく、トニーは藍色の《魔導式》を展開していた。
「《闇ノ三十四番・解鋸》」
トニーが選択した術は強い殺傷能力を持つ術。一撃でも受けた時点で、白が死亡するほどの威力だろう。
藍色の《魔導式》は大気に溶けていきながら、暗き藍色をした鋸歯状の刃──曲刀ほどの大きさ──を術者であるトニーの前方へと生成していった。
「行け」
トニーは仲間であるはずの白に対して無感情に、何の躊躇いもなく、術を放つ。
この術の元々の威力を考えれば、切り傷ができる程度なのだが、導力の使用などが卓越している者が使用している場合はその限りではない。
カミソリのように薄い刃ですら、肉を抉り、筋肉をズタズタに引き裂く程の──死へと誘う刃となる。
鋸状の刃は、白の後ろにあった木を三本程切断した所で消滅した。
いくら術者が強力であっても、威力が高められていたとしても、術自体の持続時間が変化することはない。
この世界に在ることの出来る時間を過ぎれば、望まずとも消えていくのだ。
しかし、奇妙なことが起きていた。術は確かに、白に向かって放たれていたはずなのだ。
それにもかかわらず、軌道が紙一重で白の上を行き、彼の代わりに木が切断されている。
「その様子で回避するとは、君相手に油断をしてしまったか」
「いえ……良い狙いでしたよ。ですが、私に狙いを定めている間は絶対に当たりませんね」




