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里から少し離れた場所に、それはあった。
大きな石畳のフィールド。風属性の攻撃特性は切断、それによって精密にカットされた石をみると、荘厳な決闘場を想起させる。
「《風の一族》が武力での諍いを起こした際に使われる、由緒正しき場所だ。外界の人間が使うのは初めてだが、この場をおいてふさわしい場所はないだろう」
俺とティアは決闘場へと足を踏み入れた。
粘りけのある緑色の光を通過すると、空気の流れ一つない空間へと突入する。
「ここでの戦いは外に影響がないから、本気で戦っても良いよ。もちろん、わたしも本気だから」
「部族解放を訴えているんだから、手を抜いてくれてもいいんじゃないか?」
族長に聞こえていないだろうと、俺は軽い気持ちで言う。
「駄目! わたしは自由になりたいけど、お父さんの気持ちも無視できないから! わたしもっ! 《風の一族》だから!」
それを告げられるまでもなく、この戦いは容易に済むものではないとわかっていた。
「ああ、全力でぶつかろう」
互いに一礼をし、俺が先攻を取る。
近接戦闘は得意ではないが、《魔導式》を構築しながら逃げ回れる広さではない。
《魔導式》を展開しつつ距離を縮め、右手に導力を込めた。
一発目の拳は回避されるが、比較的長めな俺の脚がティアへと伸びる。
蹴りが直撃するが、ティアはきっちりと腕を交差させて防御してきた。避けられないと判断し、すぐに防いでいる。
だが、ティアは意識を崩さず、《魔導式》を展開してきた。やはり、本気モードみたいだ。
「《光ノ二十番・光弾》」
凄まじい速度の光弾だが、ティアは術の前兆で回避をしてくる。
攻撃が虚空を裂くが、当然そこまで読んで俺は再度接近した。今度は《魔導式》を刻まない。
普通に殴りかかり、ティアと正面対決をした。
俺の攻撃は軽く往なされ、そのままティアの蹴りが放たれる。回避はできる、防御もできる……ただ、ここでするべきことは。
攻撃を腹部に受け、俺は空中を舞った。
途方もない吐き気を抑え込み、事前に集約させていた光属性の導力で再生を開始する。
やはりか。ティアの一撃は明らかに物理戦闘の上限を越えている。
俺がもし、導力防御と回復を行わなければ、数発で決着がつくところだった。
ただ、これで勝つ為に必要な情報は揃った。
ティアは《魔導式》を高速で刻み、空中で無防備な俺に照準を合わせる。
「《風ノ六十一番・衝風》」
あの術は射程が短い。魔物の戦いで見せたように、ほとんど密着した状態でなければ火力は激減する。
防御姿勢も取らずに《魔導式》を刻んで行くが、風が俺の体に命中した途端、再度空へと打ち上げられた。
それだけならばともかく、無数の斬撃が体に切り傷を与え、痛みを生みだす。
明らかに威力がおかしい。この術の威力については知り尽くしている、練度をあげたものですら、届く射程は腕二本分――通常の二倍が限度だった。
だが、今のティアは五、六本分の射程に放ち、有効打を打ちこんできている。威力倍率を見れば、それが如何に恐ろしいかは明白だ。
なるほど、魔物の外殻を百番台以下で撃ち抜けるわけだ。
しかし、これで手は全て読み切った。情報アドバンテージの分で、俺が一歩だけ上を行っている。
《魔技》で急降下の効果を発動させ、俺は落下していく。ダメージを食らいながらも《魔導式》はまだ維持されていた。
「光ノ百一番・星光明」
広範囲の術。回避は不可能と察すれば、導力で防御などの手を取ってくる。
読み通り、ティアは緑色の導力を緊急的に発生させ、壁を生みだした。発生している魔力の量はおぞましい――おそらく、三十番台クラスならば防げる壁だ。
ただ、いくら術の能力などを強化しているとはいえ、高順列を防ぎきれるわけではない。
「《光ノ百三十九番・光子弾》」
その声を聞いた時点で、ティアは驚愕の表情を浮かべた。だろうな、この里でこんな真似をする人間はいないだろう。
《魔導式》は本当の詠唱を聞き、ようやく起動する。
一発目はフェイク、相手が《魔導式》を読めなければ発動まで判断できない。《魔導式》の識別など、俺クラスの使い手――冒険者では一人もいなかった――でなければ不可能。
目にも映らない速度で放たれる光の線を食らい、ティアの体は消滅するはずだった。
俺は地面に叩きつけられ、結構な痛みに頭を擦りながら砂煙の中へと向っていく。
「ティア、大丈夫か?」
ゆっくりと人影が立ち上がる。そう、俺は殺そうなんて思っていない。
「結構強かったぜ」
刹那、俺の意識は薄れた。
僅かな間だが、ティアの攻撃動作が瞳に映り込んでいた。しかし、それはあり得ない。
俺の攻撃がヒットした時点で、既に戦えるだけの余力は残っていなかったはずだ。防御で軽減したとしても、それは変わらない。
「なっ……」
立ち上がろうとするが、既に肉体がやられている。精神だけが覚醒している状態。
「善大王さん、わたしの勝ちだよ」
その声を最後に、俺の意識は飛んだ。