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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
288/1603

10

「(軍に戻るべきか……それとも白と合流して《イーヴィルエンター》を叩くべきか)」


 それまで彼に存在していた気力のようなものは明らかに減少していた。

 現実的になったとも言えるのだが、未だに身元もよく分かっていない白を頼ろうとする辺り、本格的に弱気になっている。


「何を落ち込んでいるんですの?」


 今まで席を立っていたはずのライムは突っ伏しているディードに話しかけていた。だが、彼は顔を上げることなく、そのままの姿勢で返答する。


「わたしは組織を追うことを諦める。ライムもこれ以上首を突っ込まない方がいい」

「わたくしはあなたと行動したいから探していたわけではありませんの。面白い暇つぶしとして……それこそ、首を突っ込まないなんて論外ですわ」

「そうか……なら白という人物に会え、おそらくそいつの方が早く答えに辿りつく」


 今の彼はライムを気遣い、問題に近づけないようにする為にそう言ったわけではなかった。

 そのような気遣いをすることは危機的な状態に限り、よほど本能的に身につけていなければ現れてこない。付け焼刃などではなおさら。


「白という人がどのような人かは知りませんわ……しかし、あなたがその様子では、わたくし一人で探した方がまだ良さそうですわね」


 急に立ち上がったライムは軽蔑の目でディードを睨むと、テーブルの上に残されていたジュースをもったいなく思ったらしく、椅子に座りなおした。


「……あそこまでやっておいて、逃げるますの?」

「解決できない問題に挑むだけ、時間の無駄だ」

「本当にそれで良いんですの? あなたは何の為、このようなことを始めようとしたのか、それを忘れているのではなくて?」

「…………」


 ライムもディードのことが気になるらしく、説得を始めている。

 だが、そんな最中に隣の席から聞こえてきた話が彼の耳には入っていた。


「最近は妙に増税されているよな」

「ただでさえ生活が苦しいって言うのに、夢幻王様は何をやっているのやら」

「他国の影響で財政が厳しいんだとさ、恨むならそっちだろ」


 ライムの説得を聞いたディードは、自分が盲目になっていたことに──何の為にここまでやってきたのかを思い出した。

 全ては民の為、戦争などという最悪の結末を迎え、多くの民が不幸に見舞われないようにする為、それが彼の出発点だった。

 ライムはこれ以上、自分が手を差し伸べる必要はないと直感する。

 そんなことをしなくとも、ディードは一人で立ち上がる、そうでなければ面白くないと。

 ただ、それでも何もせずに見ているライムではなく、手は差し伸べずとも目の前にエサを吊るす程度はしても問題あるまいとばかりに、わざとらしく呟いた。


「《ヴィントマイン》、たしか炭鉱の村でしたわね……領主とそこに住む民の関係は良好、首都からも近いので飢えに苦しむ者も少ない……そんなところが危険になるなんて、考えられませんわね」

「……どうして《ヴィントマイン》の話を知っている?」


 ディードはライムが誰に言うでもなく呟いた言葉に反応する。


「盗み聞きは本来好きではありませんが、あなたと話していた男からは嫌な気配が漂っていましたの」

「悪人の気配か?」

「あら、子供の戯言をそこまで真剣に聞きますの?」

「逆に子供だからこそ、そういった気配に気付きやすいのかもしれない」


 ディードが本調子に戻りつつあることを喜ばしく思い、ライムは微笑みながら彼の真剣な眼差しに応えた。


「えぇ、嘘つきの気配でしたわ。それも嘘を嘘と思わせないような、一番危険な嘘つきの気配」

「嘘つき……か、確かに胡散臭いとはわたしも思ったが──」


 ディードの脳裏に白との会話が蘇る。

 白はディードとの会話の始めに、知っていないはずのことを口にしていた。それはディードの名前、彼は白に対して一度も名を名乗っていないはずなのだ。

 それを知っているということはつまり。


「奴はやはり組織の人間だということか?」

「さぁ……しかし、信用ができる人間ではないとは思いますわ」


 いつもと変わらない調子で発せられるライムの言葉を聞きながら、ディードは悩んでいた。

 組織を追うか否かではない、白という謎の存在についてだ。

 最初に干渉した時点で、彼がディードを利用するつもりだったことは間違いないだろう。

 ただ、問題はその後、先程の白は組織の存在を知っていた。そしてディードと同じ目的で動いているような発言までもしている。

それだけの情報ならば、彼を協力者と呼べたかもしれない。だが、ライムの言葉により再び彼の思考は乱されていた。

 白が軍人ではないこと、協力者として力を求める態度ではなかったこと、知らないはずのディードの名を知っていたこと……そしてライムが感じたと言う気配。

 それらを考慮すれば、組織の人間だと考えても問題は出ない。むしろ、組織の人間という答え以外に繋がらないのだ。


「(まだ急くべきではないか……)」


 組織に対して何かしらの関係はあるとしても、今考えるべきは白ではなく、組織だと思い至って頭の隅から悩みを追いやる。


「……そういえばライム、《ヴィントマイン》の治安がいいというのは本当か?」

「えぇ、情勢の変化が起きるには数年はかかりますわ。領主も変わらず、何かが発掘された形跡もないとのことで……危険になるはずはありませんわね」

「だとすると……あのわざとらしい示唆は、本当のものか」


 白が口にした時点で、その地に何かしらの存在がいる、ということはディードも理解していた。

 ただ、これが罠か事実かが分からない以上、安易に首を突っ込めない──彼は創刊が得ていた。

 根拠のない真実に縋ることは愚だが、この情報はライカのものだ。見知らぬ白よりは信頼ができるものだろう。


「とりあえず《ヴィントマイン》に向かう。真実がそこで明らかになるかはともかく、そこに行けば何かが手に入るかもしれない」


目の前の空になったコップを見たライムは立ち上がった。


「そうですわね、じゃあ付き合ってあげますわ」

「ライム……君の助言のおかげで、わたしは再び立ち上がる覚悟ができた。感謝する」

「あなたならばわたくしが何も言わずとも、そのうち気付けましたわ」

「相変わらずな態度だな。……まぁ慣れてきたのだが」


 予想通りの反応に、ディードは呆れていたが、それでも本気で呆れているわけではない。

 なにせ、短くも濃密な時間を過ごしている二人の間には、奇妙な友情が生まれていたのだから。

 少なくとも、ライムが突き放した態度を取ったとしても、捻くれ者の彼女ならばと納得ができる程度には。


「今更危険だからとは言わない。だが、もう一度だけ聞いておく……ついて来るか?」

「えぇ、せっかくですので最後まで付き合わせていただきますわ」


 最後の確認を終えた二人は酒場を出ると、《ヴィントマイン》を目指した。


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