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事件が明るみになる前に脱出を終えた二人は闇の国にある酒場に来ていた。
「どうするべきか」
「組織の名前は分かったのですから、いっそ誰かに聞いてはいかがでして?」
「いや……わたしも知らなかったくらいだ。それこそ軍の幹部や、他の組織のボスしか知らないだろう」
軍の所属は簡単ではない、それこそ国の内部ではそれなりに良い地位なのだ。
いくら末端だとしても、その存在の影すら感じ取れなかった時点で、大半の人間からは聞きだすことはできないと気付いている。
「ではどうしますの? このまま何もせずに待っていても何も始まりませんわ」
ジュースを飲みながら、苛立ち始めていたライムは、答えを出し切らずにいるディードに不満を覚え始めていた。
「今のわたしでは手が出せる範囲があまりにも狭すぎる……」
ディードがそう言った瞬間、ライムは席を立つ。
「どこに行く?」
「この場でそれを聞きまして?」
ディードが察したように目線を逸らすと、ライムは店の外へと出て行った。
その瞬間、迷いのような感情を抑えようと、ディードは自身の目の前に置かれている水に口を付けた。
「(ライムの怒りも分からないでもない、現にわたしも今の自分には虫唾が走る。だが……だが、わたしはどうすればいい、何をすればいいんだ)」
思い悩み、頭を抱えて机に伏したディードは必至に答えへと続く一手を考えていた。見つかりもしない、存在すらしないその一手を見つける為。
無駄でしかないことをやっていたディードの前に、その男は現れた。
「また会いましたね、ディードさんでしたか?」
「お前は……白」
ディードは白が自分の動向を探っていると思っているからこそ、必要以上に警戒する。その警戒は威嚇という形となり、表情に表れていた。
「はてさて、私はそんな風に睨まれるようなことはしていないはずですが……」
「お前は軍の関係者か? それとも──」
「少なくとも軍とは関係ありませんよ。それに、私はあなたに危害を加えるつもりはありません」
白は嘘をついている様子もなく、彼には未だに危害を加えられていないことから、ディードは警戒を解く。
「すまない、だが……どうしてわたしに接触したのか、それくらいは教えてほしいものだ」
「接触? あの時は本当に偶然ですよ。今は偶然ではないですが」
「それはどういうことだ?」
「簡単ですよ、私はあなたに会いに来た。目的は……まぁ助言ですかね」
ディードは困惑していた。彼と自分の間には特に何の関係もなく、ただすれ違い、少し話しただけ。
たったそれだけで、何かの助言をする為に現れるなど、普通では考えられなかった。
「そもそも何の助言か分からないのだが」
「あなたが探っている組織ですよ。たしか《イーヴィルエンター》でしたか?」
《イーヴィルエンター》の名を聞いた瞬間、ディードは戦闘の準備に入る。
「待って下さいよ。私は敵ではありませんから」
「何故、お前が組織の名を知っている?」
当然の疑問から来る質問を前に、白はとぼけたような顔をすると、馬鹿にするような顔で口を開いた。
「さぁ? 何故でしょうか?」
「(……こいつは俺を挑発しているのか? それとも話を逸らそうとしているのか)」
ディードは安易な挑発に乗ることもなく、白の思考を探る。だが、それも大した意味のある行為ではなかった。
彼なりにしばらく考えたようだが、そもそも白が助言を行おうとしている以上、思惑などを探らずに思惑通りとなって情報を聞けばいい。
「……情報の出所はいい。それで、助言とは何のことだ?」
待っていました、とばかりに白は余っていた椅子に座りこむと、話を始めた。
「あの組織には関わらないほうがいいですよ。……助言は以上です」
「何故関わるなと?」
「解れに気付くのはただ一人ではなかった。そして正義感が強い人も然り。これで満足ですか?」
結局、同じ匂いの人間として白は自分に干渉してきたのだろう。
そして、彼の方が情報収集の速度が速かった、とディードに気付かせるには十分すぎる言葉だった。
「……軍幹部の娘という便利な道具を手に入れておきながらこの程度とは……実のところ私はあなたに期待していたのですけどね。残念です」
そう言い残すと、白は席を立ち、硬貨をテーブルの上に置いて立ち去ろうとする。
「待て! ……お前はもう組織の場所に目星が付いているのか?」
「……いえ、ですがもう見つかってもおかしくないところまでは。……それと追加の助言です。一週間は《ヴィントマイン》に近づかない方がいいですよ。今はかなり危ないらしいですからね」
そう言うと、今度こそ白は店を出ていった。
ディードは我慢強い人間だが、今回ばかりは気にせずにはいられずに、テーブルへ顔を伏し、これからどうすべきかを考え始める。




