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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
282/1603

4

 少女に気付かれただけなのだが、ディードは並々ならぬ焦り方をしていた。子供ならば騙せる、そう思うことすら出来ない程の気配が彼女からは放たれている。


「……面白い物を見つけたので、あなたと一緒に見てみたいと思っていますのよ」


 その言葉は、相手を攻撃する目的で放ったものではなかった。

 ディードは素直に従い、部屋の中に入る。もちろん、少女は言葉どおりに考えていたらしく、攻撃をする様子もなかった。


「わたしのことを知っているのか?」

「いえ? ただ一人でこのような資料を見ていてもつまらないので……」


 知らない人間と一緒に見ても楽しめる程の物がそこにある。

 その楽しいという意味は分からずとも、彼からしてみればこの誘いに乗る利点は一切ない。罠を疑うのであれば、時を改めればいいだけのこと。

 だが、それでも彼は部屋の中へと入っていく。


「あら、お若い人でしたのね」

「……」

「雑談はお嫌いのようで。では、一緒に見ませんこと?」

「面白い物とやらを……か?」

「はい」


 少女は机の上に積み重ねた本の中で一番下の物に狙いを定めると、だるま落としのように速度を付け、弾いた。

 積み重ねられていた本は下の段に置かれていた本の消失を追い、そのままの積み方で机の上へと降りていった。

 弾かれた本をバーテンのトスを受けるかのように掴むと、すぐさまページの端が折られていることに気付き、そのページを開いた。


「■■■の発言、二年後に迫る解放戦争への準備として、軍備の増強と兵士の強化を実行……これはどういうことだ」


 戦争の準備をしているかもしれないと思っていたディードなのだが、実際に戦争を行う気だったとは思わなかった為、ここに記されていた内容は強い衝撃を与えるものとなる。

 二年後に迫る、その曖昧な期間が気になったディードはこの議事録がいつ残されたものかを調べるべく、ページをめくり……そして、見つけてしまった。


「記載は二年前……だとすると戦争まであと数カ月もない? ……畜生っ」


 強く机を叩いたディードは自分の無力さを呪う。

 もっと早く高い役職に付いていたのであれば意見も可能だったかもしれない。しかし、今の自分には意見をする権利すらないと。


「あと数カ月後に迫った戦争……ウフフ、面白いと思いませんこと?」


 戦争をした結果、国がどうなるかも知らない幼子の言葉と知りながらも、彼は少女を睨みつけていた。


「あらあら、そんな怖い顔で見られても現状は変わりませんわ」

「…………そうだな、すまない」

「そんな、別に謝らなくてもいいですわ。それよりも、この本がすごく面白いので……せっかくなら見てはいかがでして?」


 ディードは放り投げられた本を掴んだ瞬間、その表紙に書かれている文字を読んで驚愕した。


「わたしが今見た物と同じ物が……何故こんな物が」

「わたくしの前に来た人が置いて行ったみたいですわ。不思議なことにそこに積み重ねてある物と本棚に入っている物、同じ物が幾つかあったみたいで……内容は、全部違ったみたいですが」


 内容が違うという少女の発言を聞き、咄嗟に先程開いたページを探し、開いた。


「■■■の発言、他国との間に企画されている戦闘演習に備え、軍備の増強と兵士の強化を実行。……書いている事が書きかえられている?」

「どなたか、本当の物を見られてしまうことを、不都合に思っている方が居るようですわね。それと、本当のことを知ってほしい方も……」


 少女は妖しい笑みをディードに向けると、小さな丸椅子に座りこんだ。


「少し面白そうなことなので、わたくしも真実が知りたくなってしまいましたの」

「これは子供の関わることではない」

「そうですか、では軍に告発させてもらっても構わないのですか?」

「……軍に言っても何も解決しないと思うが?」


 少女は口を手で覆い、妖しく笑った。


「それを見て分かりません? このような書き換えを行っている以上、いえ……軍が戦争を行おうとしていることを国民に明かしていない以上、この事実が広まることを恐れていると考えてもおかしくはないと思いますわ」


 確かに軍以外でこのような資料の大規模改竄を行えるはずがない、とディードは理解していた。

 だが、それでも未だにその事実を伝えないということはおかしいとも思っていた。


「どちらかが偽物なのは確定だ。だが、戦争の決定などということに現実性があるとは思えないが」

「まぁそう思っても構いませんわ……ですが、紙質などを見てもそう言えるのですか?」

「(紙質? …………なるほど、これは)」


 彼女の言った通り、彼が最初に読んだ方と比べて、現在手に持っている物は違和感が存在している。

 見た感じこそ時を経た相応のものだが、まるで人為的に古くされたような、時間の流れによって起きた劣化ではないような質感。


「秘匿する程なのですから、突飛な方が本当だと考えるのが無難だと思いますわ」

「(確かに……何者かはこの情報を秘匿しようとしていた。それは秘匿しなければ戦争を中断されると恐れているからに違いない。だとすれば、こんなことをした奴の正体を暴き、この事実を公開すれば戦争を止められるかもしれない)」


 戦争を止められるかもしれない方法を手に入れたディードは、完全な無の中から一筋の希望を手に入れた。

ただ、この少女を巻き込むわけにはいかない、という感情も存在していたらしく、彼女に対しての策を打つことから始める。


「それは分かった、だが君はまだ子供──」

「わたくしは子供ですが、お父様が軍の幹部でして──お傍に置いておけば、いろいろと便利だと思いますわ」


 資料室に入っている辺り、この少女がただ者ではないということは、ディードにも分かっていた。

 しかし、軍幹部の娘が都合よく自分の前に現れるだろうか、疑問は既に口から発せられている。


「その証拠は?」

「お父様の部屋に置かれていた名簿を見ましたわ。たしかあなたは……ディード、第三部隊所属のディード様ですわよね?」

「当たっている……」

「わたくしは昔から記憶だけは得意でして、あなたの顔もしっかり覚えていましたわ。お父様が酔いながらこぼしていた愚痴も」


 軍幹部の関係者を引き入れておけばいろいろと便利かもしれない、自分にはない権力の後ろ盾という物に彼の心は僅かに揺れた。

 しばらく続いた沈黙の後、決定は下される。


「分かった、協力してくれ」

「初めからそのつもりですわ」


 両者の間には奇妙な関係が結ばれていた。少女は面白いものを求めて、ディードは戦争阻止の方法を求めて。


「ここを出よう、君からは少なからず聞きたいことがある」

「えぇ、知っている限りのことなら、教えてさしあげますわ」


 資料室を出ようとした少女は、扉の前で立ち止まって彼女の方を見ていたディードの存在に気付き、足を止めた。


「なんですの?」


 一体何の意味があって止まっているのだろうか、などと考えたのだろう。少女は若干不満そうな表情で返答を待った。


「……わたしの命に賭けて、君を守ることを約束しよう」


 真剣な顔をしたディードの言葉を聞き、少女は口許を隠して笑う。そして、大きく背伸びしてから耳元で囁くような声で彼に返答した。


「守れるものなら守ってくださいまし、王子様」


 皮肉を籠めた少女の言葉に、ディードは渋そうな顔をする。


「さ、別の場所に移りますわ」


 何とも締まらないまま場所の移動が行われることとなった。

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