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「第三部隊のディードだ。カッサード部隊長に会わせてほしい」
「ディード? 知らんなァ。見る限り、有名な使い手でもなさそうだ……それに、貴族の関係者でもなさそうだしなァ」傲慢そうな口ぶりで言う。
闇の国が戦争を始めようとしているのであれば、その真実が集まっているのは国土防衛部隊である、第一部隊だ。
そう考えたディードは素直で真正面に、第一部隊詰め所の部隊長室前に来ている。結果は、今の通りなのだが。
「照会してもらえば分かる」
「俺達も暇じゃあない、そんなことを調べるだけ時間の無駄だ」
いくら同じ軍とはいえ、部隊が違うだけで扱いは目に見えて違う。
さらにいえば、ディードは完全なまでの一兵卒。名が知られていない上に、軍に影響力を持つ知り合いも、親もいない。
国の一大事であろうとも、それでは意見を通すことすらできないのだ。
もちろん、それは彼も承知の上だった。
「……見張りの邪魔をしてすまなかった。あまり気を張りつめすぎずに頑張ってくれ」
「何を偉そうなこといってるのだ? そう言うことは偉くなってから言うもんだ」
言い返そうともしたディードだったのだが、自分を制すると、頭を下げてその場を去った。
いくら見張りとはいえ、軍幹部の部屋を見張っている者だ。第一部隊内でも確固たる信頼を得た──もしくは軍贔屓の貴族か──隊員だろう。
階級上は差がなくとも、実質的権力はあちらが圧倒的に上。
そんな人間に逆らえば、面倒事が待っている。だからこそ、彼は頭を下げた。下げたくもない頭を。
この時代、こうした冷静な判断を下せる者はそう多くはない。
彼が平民であれば、暴れた後のことを考えずに暴れるだろう。
もしも貴族であれば──その場合は問題が発生しないが──、プライドが邪魔をして頭を下げず、余計な深手を負っていた。
ある意味でいうと、彼は貴族でも平民でもないが、学はある。
学問を探求しようとする機関は、光の国にしか存在していないのだ。もちろん、学ぶことはどこの国でもできるが、それを進んでしようとする者は多くない。
それもまた、彼が軍に所属できた理由といえよう。
……だが、ただ理性的というだけではない。この選択の根には、彼の在り様が示されているのだ。
「(ここで余計な時間を取られていれば、大義を果たすことすらできない)」
彼は決して、己の誇りを軽視してはいない。それでも、民を思えばこそ、重きを置いている自尊心すらも投げ捨てる覚悟を持っていた。
「(いつか見返してやる。だが今は耐えるときだ……)」
身内にふつふつと沸きあがる反骨精神が顔に現れそうになった時、ディードは奇妙な気配を察知した。
「おはようございます」
道ですれ違った男がそう言った。
「他国の者か?」
体から放たれる魔力、緊張感を感じさせない態度、そして……明るい茶色をした髪。どれを取っても、闇の国の人間とは思えない。
「いえ? あぁ、この髪ですか?」
ディードは無言で頷く。
「私の父はこの国の人間ですよ。生まれてこの方、ずっと闇の国育ちです」
「……そうか、すまなかった」
「いえいえ、私も紛らわしいので」
普通の会話が成立していたのも束の間、ディードは警戒するような表情で問いを投げかけた。
「……何故、わたしに話しかけた?」
順当に考えるならば、軍の動きに気付いた者の処理、だろう。
この国では子供ですら安易に挨拶はしない。全員が全員、善良な民であるという保証がないのだ。
その状況でただ挨拶してきた、というのは不可思議でしかない。
さらに、軍としても事前に戦争を行うことを明かされれば、不都合だろう。
軍というのだから当然、血気盛んなものは多い。それでも、精々半数がいいところだ。残り半数は、権力や力を持った普通の人々だ。
「挨拶をするのは当然では?」
「……そうか。そうとも言えるな」
挨拶をし返し、去ろうとしたディードの背後から、声が聞こえる。
「私は白です。縁があればまた……」
振り返ると、白の姿は消えていた。
ただ、それに対してディードは多くの疑問を持つわけではない。むしろ、読んでいた通りの結果に含まれていた。
「(術を使った気配はなかったが……やはり、わたしの動向を探っている者がでているようだ。それも、途轍もない足の軽さだ)」
カッサード部隊長の屋敷に向かったことで警戒していたとすれば、この反映速度は凄まじい。
それはつまり、ディードが国に背いていることを示していた。いつもの彼ならば、良くは思わなかっただろう。
しかし、今だけに限り、その結果は確信を得る吉報ではあった。
「(つまり、わたしの読みは間違っていなかったわけか)」
戦争が事実になった、ということは不都合でもあるのだが、彼はそれを自分で止めると覚悟しているだけに悲観はしなかった。




