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──闇の国、首都マナグライドにて……。
黒を基調とした中に藍色のアクセントが入った軍服を纏う青年は、訓練を終え、疲労する様子も見せずに歩いていた。
この闇の国でも稀有な、濃い藍色をした髪。鋭い目付き、常に斜めで不機嫌にも見える眉。まさに軍人というような容姿ではあるのだが、粗野というよりかは気品に満ちた顔つきだった。
「……いや、わたしの勘違いではないか」
闇の国は今、大きな危機に瀕していた。
しかし、そのことを知る者は非常に少なく、軍に所属している者ですら知らないという始末。
そして今ここにいる青年、ディードも、まだそれに気付いていない。
「(最近は軍上層部の動きがどうも怪しい……戦闘訓練が急激に増やされ、その密度もかつてとはくらべものにならない。まるで……今にも戦争を始めようとしているかのような)」
事実を知らずとも、危機を感じ取ることは可能だ。
しかし、それは賢き者に、優れた直感を持つ者に限られたこと。誰しもできるわけではない。
現に、闇の国の軍に所属する多くの者は訓練の増加について、疑問一つすら浮かべていないのだ。
誰もが変わらぬ今日を生き、誰しも平穏な明日を考えている。
「(上層部としては嗅ぎ回られることは意図せぬところだろうな……まったく、夢への道はまだまだ遠く、か)」
この問題を調べようとすれば、間違いなく自分の出世の道が険しくなる……ディードはそれを察知したのだろう。
それでも決行する辺り、彼は非常に真面目な人間らしい。
正義感が強いという意味ではない。ただ純粋に、利益が損なわれることが口惜しくてならないのだ。
利益、と聞くと利己的な人間にも思えるが、彼にとっての利益とは民の幸せ。
戦争によって、民に害が及ぼされるとあっては、黙ってはいられないのだろう。
彼にとって、戦争が起きることは百害あって一利なし。闇の国が背負ってきた負の歴史、知る者の少ない、秘匿されし敗北の歴史を知るがこそ出された結論。
ディードは思い立ったらすぐに行動するような、短絡的人間だ。
自国の民が、誇りが、目的の為であれば、彼は己を律する理性の鎖を断ち切り、思うがままに動く。




