9β
薄暗い部屋の中、座する男は別段不機嫌な表情を見せず、平伏す二人の男を見据える。
「トニー、お前の結果はどうなったんだ」
「……失敗に終わりました」
「仔細な情報の開示くらいは、してくれるだろうなぁ?」
口調こそ荒いが、憤っている様子は見せなかった。
「光の月──そして、おそらく《神獣》と思われる存在に妨害を受けました」
「《神獣》……? なるほど、光の巫女サマを倒すのは容易じゃねぇらしいな。十分だ」
意外にあっさりした反応に、トニーは疑問を抱く。
言葉には出さなかったが、黒髪の男はトニーの聞きたがっていた答えを告げた。
「お前に任せたかったのは実験。光の国に奇襲を仕掛けた場合にどうなるかについて、だ。報告書を見る限りは、執務室まで侵入できているらしいじゃねえか──いずれ来る計画を考えれば、十分な収穫だ」
「神器の回収は」
「……全くもってどうでもいいとは言わねぇが、あんなものがなくてもどうとでもなる……ライムのドジをカバーする義務もねぇしな」
それだけ言うと、今度はもう一人の男──スタンレーに視線を送る。
「てめぇはどうなんだ? 盗人」
「おれも失敗だ。だが、第一目標は達成している、文句はないはずだ」
「ああ、そうといえばそうだなァ」
スタンレーが任された仕事は二つ。
一つは善大王とフィアを足止めすること。トニーが戦っている最中まで天の国に押し込んでいた時点で、これは達成している。
二つ目は、フィアを捕獲することだった。
スタンレーとしては、二つ目は達成できないと最初から理解しており、一応は捕獲しようとしたと示すべく一度は《カルトゥーチェの首輪》を盗み出している。
《秘術》の入手という、個人的な目的が果たせなかった時点で、この任務は割りに合わないものになっていたのだが。
「だがなァ、謝罪する態度もみせねぇようなら……オレも穏便には済ませねぇぞ」
「……」
スタンレーと黒髪の男、二人の青い瞳が互いの姿を映した。
だが、思ったような戦いは起きず、黒髪の男が皮肉るような動作をしてみせる。
「ったく、食えねぇ男だ。さっさとあがれ」
スッ、と立ち上がると、スタンレーは一礼してから部屋を出て行った。
しばらくすると、トニーが口を開く。
「よろしかったのですか、黒様」
「ああ、あいつは使える駒だ。……まァ外部の人間を使いたかねぇが、奴の側からこちらに入ったのは、都合が良かったかもしれねぇな」
黒はスタンレーの狙いを何割は読んでおり、その上で脅威なりえないと判断していた。だからこそ、彼を登用していた。
それ以上に、黒は何かを感じていたのだろう。故に、彼の情報を多くは出さず、加入したという程度に留めている。
「それにしても、雷の国に出したあいつはどうなってやがんだ。いつまで経っても連絡すら寄こさねぇ」
「……あの男ですか。実力も、組織への忠義も、不安はないかと」
「そういうことじゃねえよ。それに、あいつは組織への忠義つぅより……ただお人好しなだけだ」
組織は既に、このミスティルフォードの各地に侵食していた。
善大王はまだ、そのことに気付いてすらいない……。




