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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
275/1603

8

 トニーとアルマの戦いは熾烈を極めていた。

 アグリアスを前衛に置き、アルマは後衛から術で戦う。

 いくら戦闘に不向きとはいえ、曲がりなりにも《星》。その術の打点は練度が低かろうとも、常人のものとは比べ物にはならない。

 もちろん、アグリアスが突破されることもあった……が。


『突破されます』

「分かったよぉ。《光ノ五十六番・日集(ソーラーチャージ)》」


 夜の帳が降りようとしているにも関わらず、日差しがアルマの体に降り注ぎ、全身を黄色に発光させた。

 アグリアスの体から無数の茨が伸びるが、それらの拘束はまさに一瞬で破られる。

 迫る爪を認識した途端、アルマは通常時の善大王を上回る速度で駆けていった。


「《光ノ八十番・光矢(ライトアロー)》」


 トニーの背後に回った瞬間、置き逃げのように術が発動される。

 いくら発射速度の遅い──それでも弓のそれと互角──術とはいえ、完全な死角からの一撃では回避は難しかった。


「ぬるい」


 振り返るのが僅かに遅れ、咄嗟に手刀で光の矢を打ち落とす。

 認識が追いついても、肉体が誤差を生んでいた。

 今の一撃ですら、打ち落とすだけでもトニーの腕には焦げ付いたような痕がつく。

 術単体の威力もそうだが、吸血鬼としての弱点が露骨に現れていた。


「(導力を集束させたが、それでも貫通するか)」


 善大王ほど洗練させてないとはいえ、吸血鬼のトニーからすれば導力の制御は容易なこと。

 平凡な術者のものであるならば、上級術ですら軽傷──能力ですぐに修復できる程度──で済むが、アルマを前にすると不足するのも必然。

 ただ、アルマが圧倒しているというわけでもなく、本当の意味での形勢は五分五分、もしくはトニーが僅かに優位か。

 何度も言うが、アルマは戦闘を得意としていない。だからこそ、このような命を賭けた戦いのプレッシャーに弱いのだ。

 時を追う毎に判断ミスも目立つようになり、体力も消耗し始めている。

 皮肉にも、トニーはそれを狙っていた節があるが。


「(時間が掛かったが、既に刃は入った)」


 勝利を確信したトニーは、腕の激痛を抑えながらも、突進する。

 アルマを守るように、アグリアスは体から木の根を伸ばし、トニーの足を捕らえようとした。だが、今のトニーがそれに気付かないはずもない。

 高所まで跳躍をし、追ってきた根を足場代わりに蹴りつけ、急降下するように地上へと復帰した。これでは、根も追いつかない。

 アグリアスだからこそ、このままでは確実に突破されると気付いていた。そして、そうなればアルマまで一瞬で届く。


『アルマ、私はここまでです』


 そう告げると、子犬の体が黄色の光子となり、一気に塔と等しい大きさの大樹へと変化を遂げた。

 巨大すぎる障害物で攻撃を中断せざるを得なくなるトニーだが、着地した直後に己の腰に目を向ける。


「(光の星の機動力ならば、大樹の周囲を逃げ回ることで時間を稼がれる──ならば、こいつを使うべきか)」


 黒い剣──《消魂剣》を使うべきかを逡巡するが、それとは違う結論に辿り付いた。

 トニーは自身の前方に闇属性の導力を集約させ、そのまま木に突っ込む。

 衝突の刹那、(エネルギー)状だったそれが、炎のような形質に変化した。

 凄まじい破壊のエネルギーが叩きこまれ、木の内部に存在していた水分が一気に消失。

 それと同時に、吸血鬼の驚異的なフィジカルから放たれる突進で、巨木は木っ端微塵に吹き飛ぶ。


「終わりだ」


 アグリアスが消えながらも、攻撃の手を諦めて居なかったアルマだが、《魔導式》は未だ完成していない。

 回避も、最高速度で接近された状態では不可能だ。


「……おにーさんッ──」


 瞳を閉じようとした瞬間、白き衣がアルマの視界に入る。

 次の瞬間、トニーの真下から、叩き上げるように黄色の炎が発生した。

 彼は咄嗟に回避をしたが、人差し指の第一間接が完全に消滅している。善大王とは違う意味で、神掛かった読みによって、不意打ちによる一撃必殺を躱した。


「剣のトニー、終わるのは君の方らしい」


 アルマの危機に現れたのは、先代善大王──ではなく、空の杯を傾けているダーインだった。


「あの巨木で気付いたか」


 魔力でも気付けそうなものだが、そこはトニー。ダーインと遭遇した時点で手を打っている。

 逃亡の最中に指での動作で《魔技》を発動し、両者の魔力を隠蔽していた。だからこそ、今までダーインは助けに来ることができなかった。

 きっと、それを理解した上でアグリアスは分身を切り捨てるに至ったのだろう。防御手、救援信号の二つが自分の防御性能を上回ると判断して。


「《選ばれし三柱(トリニティア)》とはいえ、所詮……人間だ」

「無論、私とて君の実力を認知していないわけでもないよ……現代に残る吸血鬼」


 光と闇、相反する側に立つからか、二人はある意味で理解し合い、ある意味で相対していた。

 ただ、二人の会話を聞いて混乱していたのは、アルマだった。

 ダーインが《選ばれし三柱(トリニティア)》であることを知っていたとはいえ、トニーが吸血鬼などとは、思いもしていない。


「ダーインさん……」

「アルマ姫。どうぞ、御心配なく」

「属性と地の利で勝っていると油断しているのか」

「……違いない」


 怪訝そうな表情をした後、トニーは気付いてしまう。

 自分で作った前提、自分で起こした現象、それによって排除していた自身の感覚こそが、ダーインの狙った弱点だと。

 魔力に気を回した途端、ダーインから途轍もない量が発生していることが判明する。そして、彼の背後には、それによって生み出されたものがあるとも。


「断罪せよ《光輝の処刑(ドゥームズレイ)》」


 肉体で劣るダーインが空手で訪れた時点で、本来ならば気付くべきだった。

 それこそ、一撃目に見舞われた攻撃があったからこそ、勝ち目を残した上でアルマの防衛を優先させた──と、錯覚させるのがダーインの狙いだったのだが。

 ダーインの前方に現れた《魔導式》は円形に整列され、黄色に輝く。

 光の刃は周囲を埋め尽くさん限りに精製され、標的であるトニーを狙い撃った。

 拘束系だからこそか、一発一発の威力は小さい。それでも、この攻撃は回避される類ではなかった。

 弱りながらもそれらを驚異的な速度で回避していくが、千や万の刃を掻い潜れるはずもなく、数十の刃が右腕に突き刺さる。

 もはや、手札を温存している場合ではない。それにもかかわらず、トニーは腰に刺した《消魂剣》を使おうとしなかった。


「已む無し、といっても割り切れるものではないな」


 トニーは自らの右腕を左手で切断すると、そのまま拘束から逃れる。言うまでもなく、光の刃はまだ彼を狙っていた。

 だが、勝負は既に決している。

 いくら吸血鬼というアドバンテージがあったとしても、相手が《選ばれし三柱(トリニティア)》であり、かつ不利な場、そして不意打ちをされてしまえば覆すのは難しいのだ。

 一切の迷いなく、トニーは逃亡を選択する。ここでの死は、ただの無駄だと判断したのだろう。

 去っていくトニーを見ながら、ダーインは《秘術》を停止させた。


「あのおじさん、指輪職人さんじゃなかったのぉ」

「それはそうですよ……呼ばれてきたのは、私ですから」


 平然と言うダーインを見て、アルマはオーバーリアクションで驚いてみせる。


「えぇっ! ダーインさんだったのぉ!? 驚いたぁ」


 ダーインが光の国の有力貴族であることは、正統王家として接触する機会の多かったからこそ、アルマですら理解していた。

 ただ、そんな彼が職人のような真似をしているなどとは、思いも寄らなかったに違いない。


「それで、アルマ姫はどのようなものを希望で」

「えっとねぇ……ふーちゃんの結婚指輪なのぉ。善大王さんと結婚するらしいよぉ」


 《選ばれし三柱(トリニティア)》としてではなく、純粋に光の国の貴族として、この言葉には疑問を抱かずにはいられなかった。


「(奇抜な《皇》だとは思っていたが、よもや天の国との協定を結ぶつもりなのだろうか……いや、子供の冗談と見た方が良いのか)」


 ほぼ同時期に、善大王が言い訳に使っていたそれは、光の国の貴族であれば誰しも分かるような問題だった。


「では、マリッジリングを作ればいい、と」

「まりっじ……? うん、それで大丈夫だよぉ」


 良く分かっていないままに、アルマは許可を出す。

 そうして依頼が出されると、ダーインは真面目な顔で彼女の顔を見据えた。


「アルマ姫、今後はあのような危険に首を突っ込まないことを、約束してください」

「えっ」

「約束、できますね」


 慈しみの心を持っているアルマだからこそか、ダーインの表情からおおよそを察した。


「うん、ごめんなさい」

「では、首都の工房を借りるとしましょうか。どうです、アルマ姫も見て行きますか?」

「あたしも作りたいよぉ! ふーちゃんの為に用意したものがあるから」

「……分かりました。では、行きましょうか」


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